日曜の花屋

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日曜の花屋

乙哉と一緒に郊外の花苗の販売店へ、始めて訪れる花の苗を売る店には小さなポットに植えられた様々な花の苗が並んでいた。 乙哉の好きな花は小ぶりの花のようだ、薄い紫の小さな花が咲く【アメリカンブルー】赤やピンクの花が咲き誇る【インパチェンス】白い小さな【ブルースター】【トレニア】始めて聞く名前の花たち、どの名前も一度聞いただけでは到底覚えるのは無理だと思う。 乙哉の家の庭をゆっくり見たことは無いが、この花たちが植えられたらさぞや華やぐことだろう。 一つだけ自分の好みの花を植えてもらうことにした、乙哉の庭で自分の好きな花が咲くと思うと少しだけ胸がときめく。 花は大ぶりの【アガパンサス】、薄紫の花火のような花が咲き誇り華やかでどこか寂しげだ、庭の隅で存在を誇示するように咲けと胸の中で花に命じる。 いつかこの花が庭の主になる日が来たら、自分も乙哉を手に入れることができるかもしれない………儚い願いを込めて花を買う。 数種類の花苗を数株ずつ購入して店を後にする。 車を走らせ自宅へ戻るとすぐに苗を運んだ。 芝生の張られた庭を取り囲むように花壇があった、庭の隅には大きな桜の木、そして反対側の隅に自分が買ったアガパンサスを植えた。 この花はギリシャ語でアガペー「愛」とアントス「花」の二語を組み合わせた名前だそうだ、花言葉は「愛」や「恋」だと言う。 あえて選んだわけではなかったが奇しくも、花言葉が自分の気持ちを表していたことに驚く。 乙哉と手分けして苗を植えていく、愛らしい花は乙哉によく似合う。 夜の街を酔って歩く乙哉など二度と見たくないと思った。 花を植えた後、芝生にテーブルと椅子を出してお茶にしようと乙哉が言った。 「光輔!手を洗ったら、そこの倉庫からイスとテーブルを出してくれる。僕はお茶の用意をするから」 「わかった」 洗面所で手を洗って倉庫を開けると、丸いテーブルと椅子が置いてあった。 芝生の庭に並べて、椅子に座る。 のんびりとした日曜のお昼、こうやって乙哉とお茶を飲むのもいい。 紅茶の香しい香りがして、乙哉がテーブルにお菓子と一緒に置いた。 向かい合って紅茶を飲む、静かな時間がゆっくりと過ぎていく。 「あの桜の木は僕が生まれた時植えたものなんだ、春には満開の桜が自分の部屋から見えてすごくきれいだよ。満開の時光輔も見に来ればいいのに」 「へーそうなんだ、乙哉が生まれた時ならもう30年か。すっかり大きくなったな」 「そうだね、僕もあんなに立派に成長してるかな」 「乙哉はきちんとした大人になってるよ」 「そうかな~そうでもないと思うよ」 乙哉の顔が少しだけ寂しそうに見えた。 儚げな雰囲気と潤んだような瞳で俺を見る、勘違いしてしまいそうで視線を逸らす。 お茶を楽しんでランチを食べに車で向かった。 まだ少し時間があるからと、言い訳をして二人でドライブを楽しむ。 軽い音楽を聴きながら、隣に乙哉の存在を感じて何処へ行こうかと思案する。 「乙哉は今幸せか?」 聞いておいて、少しだけ後悔する。 なかなか答えが来ないことに安堵しながら乙哉の方を見ると,すやすやと穏やかな顔で眠っていた。 眼を閉じ安心した顔をしている、そこまで信用してくれているのが嬉しいような、複雑な気持ち。 こんなふうに安心していて、俺が襲ってくるとは思ってもいないだろう乙哉! 何度自分を抑えたかお前は知っているのだろうか? 欲望のままに押さえつけることができるならとっくにそうしている、だがそれをやったら永久にお前は俺から離れてしまう。 だから大人しくただそばにいることを選んだんだ。 お前は俺の気持ちがわかっているのか?
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