乳首ノスタルジー

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 はじめに手を出したのは万引きだった。  最初こそ震えたけれど、警備の緩い地元のドラッグストアやショッピングモールで、メイク道具やアクセサリー、洋服を盗むのはあまりにもたやすかった。盗るたびに緊張感も罪悪感も薄くなった。セーターの袖に隠して、更衣室の中で、私たちは窃盗行為を繰り返した。  簡単に手に入れたものは、簡単にいらなくなった。何かひとつを手に入れるたび、新しい何かが欲しくなった。いよいよ歯止めが効かなくなってきた頃、同じように窃盗を繰り返していた他校の先輩が店員に通報されて警察に捕まり、即刻退学処分になった。  親にバレることだけは絶対に避けたい私たち、特に琴音は、それを聞いて急に恐くなり、以降万引きからはあっさりと足を洗った。  次に私たちが見つけたのは、性を売ることだった。身体を売るわけではない。量販店のワゴンに数百円で並んでいるショーツや靴下が、男の目の前で脱いで差し出すだけで万札に化けた。  ネット上の掲示板に条件を書き込み、取引相手を待つ。指定した路地裏やカラオケ屋にやって来る客は、ほとんどが冴えない中年男だった。普段私たちに偉そうにしている教師や親と変わらない年嵩の男が、卑猥な欲望を内にたぎらせ、こちらの指示通りにおずおずとお金を差し出してくる様は馬鹿馬鹿しくて、薄気味悪かった。  自らの行いの是非を差し置いて、安物の不潔な下着をありがたそうに受け取る彼らを、心の底から軽蔑していた。そんな汚い大人から、搾取しているのは自分たちの方だと思っていた。  けれど、取引はいつも上手くいくわけではなかった。女子高生と遊びたいだけのナンパ男や、何故か説教してくる男、土壇場で値下げ交渉をしてくるようなハズレ客を引くことも多く、私たちはさらなる手段を見つける必要があった。刺激を得るために、お金はいくらだって必要だった。  繁華街で声をかけてきたキャッチの男に紹介されたのが、キャバクラの仕事だった。もちろん違法だが、当時は高校生でも働けるキャバクラが少なからず存在していて、年齢は客の前でだけ誤魔化せばよかった。  琴音の門限があるから、働くのは昼間から営業している昼キャバだった。正式に店に所属すると売り上げノルマなどの面倒な規則が多いので、体験入店を渡り歩いた。  べたべたと身体に触れたり執拗に口説いてきたり、タチが悪い客も多く、決して楽な仕事ではなかったが、普通のアルバイトに比べると時給は何倍も高かった。心を殺してその場をやり過ごし、とっぱらいの給料を貰って次を探した。  私自身は親からバイトを禁じられているわけではなかったが、そんな風に自分の性や若さが換金できることを知って、ほんの数百円の時給のためにコツコツと働く気なんて起こらなかった。
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