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「モアは『発散するしかない』って言っていたけれど、方法を聞く前に追い出されてしまったの。昨晩ほどではないですが、今もなんだか落ち着かなくて」
熱を発散する方法を教えて欲しいのです、と正面に座るノットを改めて見上げると、ノットは深く俯いていました。
まさか話をするだけでこの熱とやらは移ってしまうのでしょうか。表情は分からないものの、耳が真っ赤に染まっています。
「ノット、具合が悪いんですか?」
肩に触れようとすると、無情にも手を弾かれました。薄い頬を両手で挟み、強引に顔を持ち上げてみようとしましたが、びくともしません。
「ねぇノット、教えてください。このままでは潜入に支障が出ます」
「……アグネスの授業で習わなかったのですか?」
首を左右に振ると、こちらを見てもいないというのにため息を吐き出します。「ではお教えします」、と顔を上げてくれましたが――耳と目元は薄っすら赤みを帯びたままで、視線は一切合いません。
「ただしこの行為は、本来シスターのするようなものではありませんので。この家にいる間だけの特別なものですから。いいですね?」
やはりノットは私の先生です。教義も、算術も、ナイフ格闘術も、すべてノットが教えてくださいました。きっと知らないことなどないのでしょう。
「はい、ぜひお願いします」
ですが久しぶりに行われたノットの授業は、これまでで一番難解でした。アグネスの説明は直感的な言葉が多くイメージしやすい一方、ノットは「リビドー」だとか「性感帯」だとか、耳慣れない言葉を使うのです。
「ノット、あの……言葉がぜんぜん分からないです」
呆れられるかと思いましたが、ノットは「やはりそうですか」、と素直に認めました。そして「座学は諦めて実技にしましょう」、とイスを一歩こちらへ進めます。
「少し失礼します。足をベッドに乗せて、軽く開いて……そう。よくできましたね」
見てもいないのに、よくできたかどうかが分かるのでしょうか。
ノットは私の手を取ると、左手を胸に、右手をスカート越しの股間に当てさせました。さらに「服は脱ぐな」、「下着だけをずらして直接肌に触りなさい」、と指示が続きます。
この場所は、子どもの頃ビショップに「教義に反するから決して触るな」と誓わされた「聖なる場所」です。ですがノットは、「この家にいる間だけの特別」と言っていました。きっとこれこそが、熱を発散する方法なのでしょう。
指示に従い、手のひらに収まる乳房を適当に揉んでいると――突然起きた変化に、思わず手を止めてしまいました。先ほどまで柔らかかった胸の先にしこりができ、指に引っかかるようになったのです。
「ノット、何か変です。ここが寒くもないのに硬くなって――」
「見せなくていいですから。そのまま続けてください」
ノットは揺れる視線をドアの方へ向けたまま、少し苦しそうに手の甲を噛みしめています。その様子を見ているうちに、ふと昨晩の感触を思い出しました。
熱に苦しむモアを観察しているうちに、自分も熱を帯びていったことを。
「あ」
「……どうかしましたか?」
胸の変化に気を取られているうちに、「聖なる場所」を擦っていた指が濡れていました。粘性があるのか、水音がかすかに聞こえます。
「このままだとシーツを汚してしまうかもしれません」
「構いません……どうぞ続けて」
手が、止まらなくなってきました。初めは何の意味があるのか分かりませんでしたが、コレは――。
「もう大丈夫です。熱、治りました」
ノットがこちらを見ていないのをいいことに、唇の端を噛み締めて行為を中断しました。
私が私のコントロールを失うなど、あってはならないことだというのに。
壁に寄りかかったまま息を整えていると、ノットが重い口を開きます。
「お分かりでしょうが、これは性的な行いです。決して人前ではしないように」
「でも、今ノットの前でしましたが」
すると「今回は特別でこれ限り」、と早口に返ってきました。
「じゃあ、ノットも同じことをやって見せてください」
「はい……?」
ようやくこちらに向いた瞳は、少し虚ろな様子でした。ですが「ノットも今、同じ熱に苦しんでいるのでは?」、と首を傾げると、かすかに汗ばんだ喉仏が小さく動きます。
「これは『ここだけの特別』です。決してビショップにも、アグネスにも言わないように」
深く頷いてみせると、ノットはベルトに手をかけました。手元が震えていますが、緊張しているのでしょうか。
「ノット。下着は脱がないんですか?」
「なぜ? あなたも脱いでいなかったでしょう」
それはノットが脱ぐなと言ったからです。もし同じく水のようなものが出るとしたら、あれでは下着が汚れてしまいます。
「じゃあ、はい。これでいいかしら?」
あまり機能的ではなかったレースの下着を横へずらすと、伏せかけていた碧眼が見開きました。「駄目だ」、「はしたない」と口からこぼしていますが、外気に晒した箇所に熱い視線を感じます。
「ロリッサ……」
返事をしましたが、ノットは何か言おうとしたわけではなかったようです。ただ肉の塊のようなモノを下着の間から取り出し、手で上下に擦りはじめました。ずっと逸らされていた視線が、今は瞬き一つせずにこちらを見つめています。
手の甲に筋が浮き出るほど力を入れていますが、痛くないのでしょうか。無言の中に流れる荒い吐息、吐息、吐息――手の動きが激しくなるのに合わせて、呼吸も速くなっていきます。やがてノットの唇から、低い声が漏れた瞬間。
「あったかい……ですね?」
いつのまにか頬や太ももに、白い液体が降りかかっていました。どこから発生したのかは私の動体視力をもってしても確認できませんでしたが、おそらくあの肉の塊でしょう。
予習の通りであれば、これは――。
「『精子』、ですか?」
答え合わせをしたかったのですが。ノットは俯いたまま、ロダン像さながらに固まっていました。
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