3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
☆☆☆☆
「んもー青瀬さん、顔くらい見せてあげたらいいのにねー」
ひとりベンチに佇む桜の精の横に、美里が座った。目がたくさんあって驚いたが、慣れれば怖くない。
「お話できただけでも、よかったです」
「でもー頑張って来たんでしょー? 風で折れそうなのに」
「はい、最後だから、がんばりました」
優しい話し声を、聞いていた。
お化け達からの噂も、聞いていた。
でも花の時期はいつも、遠くにいた。
悲しかった。
若木ゆえ、人前に姿を見せる力もない。
でも、風で身体が悲鳴を上げる今。
叫んだ。ひとめ、お顔を見てみたかった、と。
お化けづてに、霊能者がその叫びを拾ってくれた。
「最後じゃないよ大丈夫だよー、男3人がかりで添木してガッチリ守ってくれるよー」
「はい」
桜の精に『命を助けてもらう』という発想はなかった。何かあれば、それが天命だ。
だからまさか『なんとかできる』なんて、思ってもなかった。
ましてや、青瀬も『なんとかしようとする』なんて。
「桜はお嫌いでは……」
「花の時期はね。けど、嫌いだからって消えて欲しいわけじゃない。僕だって、テレビや写真で見る花は普通にキレイだと思ってるよ」
桜の精は頬を染めた。
「ありがとうございます……もう私、折れても悔いはありません」
「折らせやしないよ」
青瀬は雨合羽を取りに走って行った。
想像していたような人ではなかった。
想像よりずっと、いい人だった。
桜はやっぱり人間が、彼が好きだった。
……
朝。
まだ風はあるが、嵐は去った。
青瀬は、資料館駐車場の片隅にいた。添木でガッチリ支えられた桜の若木に、いつもより少し近づく。
花が、ポツリと残っていた。
「無事でよかった」
そっと、眼鏡とマスクを外す。
が、真っ赤になって眼鏡とマスクですぐ隠して、学芸員は職場に向かった。
若い桜は、嬉しそうに枝を揺らした。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!