みつめる桜(2013年春)

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☆☆☆☆ 「んもー青瀬さん、顔くらい見せてあげたらいいのにねー」  ひとりベンチに佇む桜の精の横に、美里が座った。目がたくさんあって驚いたが、慣れれば怖くない。 「お話できただけでも、よかったです」 「でもー頑張って来たんでしょー? 風で折れそうなのに」 「はい、最後だから、がんばりました」  優しい話し声を、聞いていた。  お化け達からの噂も、聞いていた。  でも花の時期はいつも、遠くにいた。  悲しかった。  若木ゆえ、人前に姿を見せる力もない。  でも、風で身体が悲鳴を上げる今。  叫んだ。ひとめ、お顔を見てみたかった、と。  お化けづてに、霊能者がその叫びを拾ってくれた。 「最後じゃないよ大丈夫だよー、男3人がかりで添木してガッチリ守ってくれるよー」 「はい」  桜の精に『命を助けてもらう』という発想はなかった。何かあれば、それが天命だ。  だからまさか『なんとかできる』なんて、思ってもなかった。  ましてや、青瀬も『なんとかしようとする』なんて。 「桜はお嫌いでは……」 「花の時期はね。けど、嫌いだからって消えて欲しいわけじゃない。僕だって、テレビや写真で見る花は普通にキレイだと思ってるよ」  桜の精は頬を染めた。 「ありがとうございます……もう私、折れても悔いはありません」 「折らせやしないよ」  青瀬は雨合羽を取りに走って行った。  想像していたような人ではなかった。  想像よりずっと、いい人だった。  桜はやっぱり人間が、彼が好きだった。 ……  朝。  まだ風はあるが、嵐は去った。  青瀬は、資料館駐車場の片隅にいた。添木でガッチリ支えられた桜の若木に、いつもより少し近づく。  花が、ポツリと残っていた。 「無事でよかった」  そっと、眼鏡とマスクを外す。  が、真っ赤になって眼鏡とマスクですぐ隠して、学芸員は職場に向かった。  若い桜は、嬉しそうに枝を揺らした。 〈了〉
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