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☆☆☆
「そんな目に……仲間が申し訳ありません」
「キミが謝ることじゃない」
若い桜の精は、内心しょんぼりとウキウキがごちゃ混ぜになっていた。青瀬は眼鏡にマスク姿のまま、距離もとってはいたが、会話は出来ている。
二人は今、資料館ロビー端のベンチに座っていた。幽玄が受付で何か話してから、雨合羽を着て出て行くのを、青瀬はボンヤリ見ていた。
「私達は、花が咲く間だけ世界を『見る』ことができます。皆さん笑顔でこちらを見てくださるので、私達もはしゃいでしまうのです」
「花見の席ではしゃぐのは人間も同じだから、お互い様だろうけど……キミたちハナが目なのか、ややこしいね」
彼には珍しい冗談だったが、桜の精には伝わらなかった。
「はい、花で見て、茎で聞き葉や根で感じ、枝で話し実で恩返しします。だから花がなくても外の世界の様子はわかるんです。一昨年、地面が大きく揺れた年も、大変なことが起きたのはわかったんです」
館長が木材を抱え、雨合羽姿で出て行くのを見ていた青瀬は、震災の話題に思わず身構えた。
「花が咲いても、今までのように見てくださる方はとても少なかったです……周りがめちゃくちゃになってたり、声が聞こえなくなった仲間や、人がいなくなったと嘆く仲間もいました。資料館の皆さんも大変だったことは、他のお化けさんたちから聞きました」
「……そう」
「だから、次の年に皆さん、私の花を見て笑ってくださったのが、本当に嬉しかった…でも、貴方だけは、お顔もわからなければ近づいても頂けなくて」
「そんなの震災前から……」
雨風が、ガタガタと建物を鳴らす。青瀬は急に、色んなことに気がついた。
「震災前から、僕はこの時期この姿だ。キミはなぜ今年、今日、急に、僕に会いに来ようと思ったんだい?」
「それは……」
桜の精の片方の目が、ふっ、と消えた。ぱらり、と、髪が一房落ちる。
「私はこの雨風で、折れそうなので」
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