ハイボールおかわり

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 会社から駅への道を逆に行くと雑居ビルの一角にこぢんまりとした居酒屋があった、私と小百合はここに通ってもう2年になる、サラリーマン姿も多く見えるけどうちの会社の人間は殆ど見た事がない、飲んでる時に会社の人とかあまり会いたくないからね。 「っか〜っ!やっぱ鶏唐にはハイボールですなぁ」 「そうですなぁ」  と言いつつ、空きっ腹にダイレクトで飲めない私は最初の一杯は烏龍茶だ、味噌汁付きのおにぎりセットと鶏唐とサラダ、ここに来た時は晩御飯も兼ねるのでおにぎりは欠かせない、いつものメニューを注文してジョッキに入ったハイボールと烏龍茶で乾杯、これもルーティンに入っている。 「ホント長谷部のヤロームカつく、何?俺が間に合ったから?恩着せがましいにも程があるわ!」 「ふふっ…ホント仲悪いね」  ワザワザ係長の声マネしてまで…どれだけムカついているかを表現しているのだろうか、逆に笑える。 「プリントアウトくらいちゃんとしろよ?」  笑った事に気を良くしたのかさらにモノマネを続け、私の頭をポンポンしてきた「いや、頭ポンポンはされてないから」  オーバーなモノマネに笑いが出るけど小百合はうなだれてはぁっ…とため息をつく「嫌いなヤツのモノマネの方が上手くなる説ってあると思う…」ボソッと呟いたその顔は表情というものが感じられない顔になっていた。 「じゃあやらなきゃ良いじゃん、何でそんなに嫌ってるかなぁ」 「なぎさは入ってなかったから分かんないかもしれないけど、あの仕事はチーム皆で企画した物なのよ?それをさも自分一人の手柄ですみたいにさぁ」 「でもそれ言ってるの小百合だけだよね」 「…」  そう、なぜか他のメンバーだった人は小百合の様に長谷部さんを嫌ったりしていない、その事を突っ込むと小百合はいつも黙ってしまう、何か別の理由があるかもしれないけど他の人は先輩ばかりで話しづらいし、そんな探偵みたいな事して小百合に嫌われたら困るのでその件に関してはそれ以上突っ込まないことにしている。 「で?なぎさは?あんたも何かあるんでしょ?」  小百合は私の話は終わり、とでも言いたげにジョッキを煽り唐揚げを口に運んでいる。 「うん、小百合さぁ今まで全力って出した事ある?」 「全力?そんなもん部活とかでガンガン出してたっつーの」  身長170Cmの小百合は美人なんだけど男らしい、グイッとジョッキを空けてお替りを頼んでいる、曰く「四人兄妹の末っ子長女なんて皆そんなもんよ」ホントかなぁ… 「バスケ部だったっけ?高校」 「そ、中学までは陸上部だったけどねー、高校に上がる直前に始まった『黒子のバスケ』あれで私の高校生活は決まった様なもんよ」  空のジョッキを置いて男子みたいな片手打ちのシュートのポーズを取る、運動音痴の私でも上手かったんだろうなぁっていうのが分かる。 「漫画見て部活決めるってどうなの?」 「そんなの他の高校にもいっぱい居たし、まぁ殆どはすぐ辞めちゃったけどね、なぎさは?全力出してたでしょ?」 「私、書道部だったし」 「とめはねっ!」  小百合はクイズ番組の早押しみたいにテーブルを軽く叩き、書道部で連想した漫画を口にした。 「普通の書道部、男子なんて居なかったんだから」  兄の影響らしいが、見た目からして仕事の出来る美人OLの小百合は漫画オタクだ、私も結構漫画好きではあるが小百合を前にするとオタクの域まで達していない気がする。 「確かに墨を()ってる時とか書いてる時は集中するけど『全力』とはちょっと違う気がするんだ」 「全集中?」 「違う…運動系の部活は体使って汗かいてヘトヘトでぶっ倒れるとか、いかにも全力って感じがするけど文化部じゃあね…」 「あるじゃん、あのほらデカイ筆でガーって書くやつ」 「あれは上手い人がやるから良いんであって普通の高校生がやってもただの見掛け倒しだよ」 「そうなの?」 「高校生の書道コンクールなんて半切(はんせつ)で精一杯だし」 「半切って?」 「えーっと、小学校の書き初めとかで使う紙の4倍位の大きさの紙」  私は両手の指で空中にB4位の四角を描き「こんなのと…」次にそれを縦に2倍にした『八切り』を描き「こんくらいのと…」最後に頭の上から大きく「こんなに大きいの」と書道コンクール規定の紙の大きさを表現した、ちょっとオーバー過ぎたかも。 「え?デカっ!でかいよそれ」 「私は1枚書いたらヘトヘトになるんだけどあれを全力で書いたって言うのかなぁ…」 「で何で急に『全力』なんて聞いてきたの?」 「それはね…」  ゴソゴソとかばんを(まさぐ)った。
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