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ゴクリ…
自分が飲んだツバの音が聞こえた…。
居酒屋のテーブルの向かいに座っている友人は、獲物を狙う俊敏なネコ科の肉食獣の様にまばたきもせず、私の一点を凝視している、何だかじりじり近づいている様な気がする。
「ねぇ?花宮真って知ってるよね?」
全く視線を外らさず低い声で話しかけてきた『え?花宮真?はなみやって誰?あっ!』
花宮真とは「黒子のバスケ」に出てくるキャラでパスコースを読みきったパスカットやスティール、そしてラフプレーを得意とする作品きっての外道。
「な、何をスティールするつもり?」
小百合のプレッシャーにじりっと下がった時、椅子の背もたれに当たった、しまった!態勢が悪い、このまま後ろに下がれば椅子ごと倒れてしまう!かと言って椅子に深く腰掛けているので直ぐには立ち上がる事が出来ない、テーブルの幅はおよそ60Cm、前傾姿勢を取っている身長170センチの小百合の射程圏内に既に入っている!椅子を支える為に両手を使えば確実に…。「謀ったなっ?」
殺られるっ!?
「お待たせしました〜ハイボールふたつとタコわさで〜っす」
間一髪、ジョッキを持った店員が現れテーブルの上に障害物を置いた、小百合は軽く会釈して戻った店員の後ろ姿を睨み「ほら、今の店員だって絶対なぎさの胸見てたでしょ」と、万引きGメンの様な眼力を見せた。
「うん…そうだね」
実際問題、身長155Cmしかない私は大抵の男の人を見上げる形で会話をする、その時相手の人が私の顔ではなく胸を見ている事ははっきりと判る、ただそこで胸を隠すのもなんだし『も〜ドコ見てるんですか〜?』なんて明るく言えるキャラでもない、胸が大きくなりだした高3の時からそんな感じだった、いまだに慣れもしないし、イヤっちゃイヤな事ではあるけど。
「やっぱアレですか?書道部で下向いてたから垂れてきたんですか?」
「垂れてないし!やめてよ、そんで書道部も関係ない!」
小百合は拗ねた様にそっぽを向いてジョッキをチビチビ飲んでいる。
「垂れるとか夢みたいな話ね…永遠の0として生きていく私にはね…」
「いくらなんでもAはあるでしょ」
「ズルい、私のカップ数は筒抜けなのに自分のは教えてくれないなんて」
くっ、何かハメられた感じ…でもいつまでもジト目で拗ねられても困るからサイズ教えるくらいはいいか。
「は、84のE…」
「E…だとぅ、A、B、C、D…レベル5って事?!」
「人をゲーム会社みたいな呼び方するな」
「てゆーか私86Cmあるんですけど?なぎさがEっておかしくない?!」
自分の胸を押さえガタッと立ち上がった小百合に、何事かとカウンターに座っている男性客もこっちを見ている。
「ちょっと小百合、声が大きいみんな見てるから座って!」
ただでさえ目立つ小百合が目立つ行動を取ると一気に視線が集まる、万が一会社の人が居たらどうすんのよ?
え?会社?
「ちょっと待って小百合」
私、どうしよう?
「何?」
「月曜日にどんな顔して係長と会えば良いか分かんない…」
「はぁ?」
「だって私の事狙ってるってホント?ヤダヤダまともに顔を合わせる自信ないよ」
いつもの様に『小沢ぁコレコピー頼むわ』って言いながら私の胸を覗き込んでるかもしれない係長と話す事が出来るの?あぁそういえば後輩の女の子達も居るのに何で私にばかりコピーを頼むの?やっぱ狙ってるから?
「小百合、ゴメンちょっと気分悪くなってきた…」
「えっ?何飲みすぎた?大丈夫?すみませ〜んお冷下さ〜い」
私より飲んでるはずの小百合はテキパキとお冷を貰い受け会計も頼んでいる、流石は体育会系オタクというか姉御。
「割り勘分は後で貰うからね」
トイレから戻った私を待っていたのはレシートをひらひらさせる小百合と、既に片付けられてお冷とおしぼりだけが乗ったテーブルだった『何てスマートな姉御』
「小百合が変な事言うから胃が痛くなってきたよ」
「え?なんで?」
店を出たけど足取りは重い、月曜日の事を考えると気分まで重くなってくる。
「長谷部の事はムカつくけど、なぎさは彼氏がオタクでも気にしないんでしょ?」
小百合はそう言ったけど、そもそも彼氏がいた事が無いので比較対象が出来ない「え?分かんないよ〜」え?ホント付き合うとか何?どうすれば良いの?
うつむき加減で通りを歩きながら、係長の事を考えてみた、確かに20代後半で係長なんて出来る男なんだろう、それに火神大我に似てるくらいだし結構なイケメンだ、オタク云々は抜きにしても文句無しに優良物件である事は間違いない。
「あれ?長谷部だ」
小百合のひとことでハッと顔を上げると、反対側の歩道を長谷部係長が歩いてるのが見えた。
…女連れで…。
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