ハイボールおかわり

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 まだ八時前、居酒屋から出てきた私達の視線の先には長谷部係長がいた、残業でもしていたのだろうか会社から出てきたばかりの様な雰囲気だ、反対側の歩道を歩く長谷部(はせべ)係長はこっちに一切気が付く事なく連れの女性をエスコートしながら夜の街に消えていった。 「姉御…全然違うじゃん、何さっきの三段論法?」 「何だ…長谷部(アイツ)彼女いたんだ…」 「話を聞け…」  ほろ酔いですっとぼける小百合だったが、酔ってる割に『おーい長谷部!』とか叫ばなかった、嫌ってるのもあるからだろうけど言っても二十五を過ぎてる大人の女性なのだ、その大人なはずの私は本人に聞いた訳でもない未確認情報にまんまと踊らされ、これまで1ミリも恋愛感情なんぞ無かったのに勝手に失恋した気分を味わっている、好きなアイドルの結婚報道に大騒ぎする女子高生より酷い。 「なぎさ殿…すまぬ」 「すまぬ、じゃないわよも〜ちょっとドキドキして酔いも覚めちゃったわよ」 「あはは、ごめんごめん」  スマホを出して時間を確認したものの何だか不完全燃焼って感じ。 「ねぇ…小百合ぃ?」 「はいはい、どこ行く?カラオケ?」  昼間私が小百合のトーンを察したように、小百合も私の声のトーンで私がもう一軒行きたい事を察してくれた「アルテミス行こ」カラオケって気分でもないし、ここは気心の知れたBARで落ち着いて飲むのが大人の女性ってもんですよ。 『BarArtemis(アルテミス)』  女性のバーテンダーしか居ないBARだけど普通のガールズバーとは違って従業員全員が日本バーテンダー協会 NIPPON BARTENDERS' ASSOCIATIONの会員である純然たるジガーバーだ。 「いらっしゃいませ…あっ小百合さんなぎささんお久しぶりです二名様ですね?カウンターどうぞ?」  店に入ると見知ったバーテンダーが挨拶し席へ案内した「ハイボール下さい」私達は座る前に注文する、席に着く前に注文するスタイルがいかにも通っぽくて、カウンター席に座りおしぼりで手を拭き終わる頃には背の高いグラスに入ったハイボールが笑顔と共にすーっと出される。 「お待たせしました」  全然待たなかったけどね、二人ともフルーツのカクテルみたいな甘いお酒が苦手で、糖分の入っていないハイボールを紹介されたのがこの店だ。 「とりあえず乾杯」  グラスを掲げるだけのカチンと合わせないタイプの乾杯、女性のバーテンダーは軽い会釈だけして洗い物を始めた、それを眺めていた小百合がポツリと呟く。 「私さぁマルチタスクができないんだよね」 「マルチタスク?」 「ほら、あれカクテル作りながらとか洗い物しながらおしゃべりとか、私、なんかしてる時に話しかけられたりしたら『黙ってろ!』って言うタイプだし」  分かる、仕事中の小百合は何かしらの区切りがつくまで集中してパソコン画面を睨んでる。 「私も昔はそうでしたよ」 「え?三崎さんがですか?」  三崎さんという少しお姉さんのバーテンダーは手元を見ずに洗い物をしながらこちらの会話に加わってきた「入ったばかりの頃は手元を見ながらじゃないと洗い物が出来なかったし、そのせいでオーダーを間違えたりね」 「時間かかりました?」 「ん〜?1か月くらい集中してたら出来るようになりましたよ、遅い方かもしれませんけど」  質問に答えながらも次々と湯気の立つグラスが水切りの上に並べられていく、丁度団体客と入れ違いにでもなったのだろうか他の従業員はテーブルと椅子の配置を直していた。 「今日はちょっと早いですね」  何時もはもう少し居酒屋でおしゃべりした後かカラオケの後に訪れる店だけど、確かに八時台でこの店に来る事は無かった。 「聞いて下さいよ、小百合のせいで好きでもない人に勝手に振られたんですよ」 「係長が私を狙ってるとか言って、私、ドキドキしすぎて居酒屋で飲んでた分全部吐いちゃって、店を出たあとに女連れであるいてる係長目撃しちゃうし、私のドキドキとハイボール返せって感じですよ」 「そんな事でドキドキしないでしょ普通?」 「するよ、私男の人と付き合った事無いんだって」 「あら?なぎささんってそうなの?」  三崎さんは少し驚いた表情で聞いてきたけど手はグラスを拭いている、少し斜に構えた感じが凄く格好いい。 「良いなって思う人は既に彼女とかいる人だったり…」 「なぎさってどんなのがタイプなの?」 「まぁ話が合えば良いかな」 「あ、それ実は後から色々注文が多いパターンのやつね…」  小百合と三崎さんはお互い顔を見合わせて何か含んだ笑いをみせた「何?」 「結局なぎさはむっつりスケベなのよ」 「はぁ?」
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