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「じ、じゃあ小百合さんは巨乳に負けない魅力を手に入れるって事で…」
「なにそれ〜?」
ざっくりしたアドバイスを受けた小百合はお代わりを頼む私の胸を睨んできた、何だか殺気をはらんでいる気がする。
「なぎさは?何かある?」
彼氏が欲しい訳でもなく頑張ってキャリアアップなんて考えた事もない、毎日つつがなく暮らして行ければそれで良いと思っているので悩みらしい悩みも無いんだけどさ…。
「あの〜三崎さん?大人になってから全力って出した事あります?」
「全力?」
たった今『全力で否定』って思ったけどあれは『本当の全力』とは違うよなぁ…お代わりのハイボールを受け取りながら今日1日ず〜っと気になってた事を聞いてみた。
「またそれ〜?」
「良いじゃん別に」
「仕事で全力って言われても事務職だし…あっもちろん書類とか真面目に作ってますよ、でも全力って別の言い方すれば死ぬ気で頑張りますって事でしょ?死ぬ気でコピーのボタン押せないしなぁ」
「オリンピックのマラソンとかでヘロヘロでゴールしてるのは全力出したんだな〜って思うけど1位の人とか逆に余裕じゃないですか?あれもよく分かんないし」
「そうねぇ…崩れ落ちるくらいの全力って中々無いわよねぇ」
「でも夏場の営業の人は戻って来た時ヘロヘロよ?汗臭いし」
「それが仕事で全力を出したって事なの?」
「そうか、それは違うか」
大人になってからの『全力』ってのは分かりにくい、小百合が言ったみたいに汗臭くなる程営業してても契約が取れてないと『もっと頑張れ』とか言われる。
「全力ってなんだか悲しい言葉ね」
「悲しい言葉?」
今まで『全力』って事を意識した事が無かった私は三崎さんに悲しい言葉って言われても全然ピンと来なかった。
「一位になれなくて崩れ落ちたマラソン選手はその後『全力を出し切った』って言うのかしら?自分の順位に納得できなかったら『もっと頑張れた』とか言うだろうし」
そう言えばテレビで見たマラソンランナーは泣きながら悔しがってたなぁ…。
「全力を出し切ったから悔いはないなんて自分を慰めてるみたい、好きな事ならなおさら悔いが残るでしょうに…1位になった人だって『全力を出し切った』なんて言ったらこれ以上はもう無いのよ?自分はもう限界、もう無理だって言ってる様なものでしょ?」
自分の限界、もう無理…そう言われると確かに少し悲しい言葉だ。
「三崎さんそれは違いますよ」
今日何杯目か分からないハイボールを飲み干した小百合は完全に目が座っている、カウンターにしなだれかかりながらも少し年上の三崎さんを諭すように話し始めた。
「一度全力出さないと次の全力は出せないんですよ」
「次の全力?」
「私、中学の時は陸上部だったんだけど13秒切れるかどうかって時にタイムが止まってそれ以上はどうしても無理だったの、確かに私はここまでなんだって陸上を諦めた、けどそれまで全力出して頑張ったって自信があったから高校でバスケ部に入ってもずっと頑張れたんだよ」
「『全力』は悲しい言葉なんかじゃなくて次の全力を出すためのモチベーションとかエネルギーになる言葉なんだよ、だから何でもいいから一度くらいは全力出さないといけないんだよ」
カウンターに倒れ込み完全に酔っ払いと化した姐御は何時もは言わないような精神論とか根性論を持ち出してきた。
「そんな事言われると全力なんて出したこと無い私はどうすりゃいいのよ?」
「なぎさはもう全力出した事あるでしょ?」
「え?」
「書道で一枚書いたらヘトヘトだって言ってたじゃない普通は字ぃ書くだけでヘトヘトにならないよ、マラソンのヘロヘロと大差無いんじゃないの?」
「私…あれが『全力』って事で良いの?」
「だって集中して真面目に書いたんでしょ?だったら『全力で書いた』で良いじゃない」
眼からウロコだ…他の人の全力に比べてあまりに軽い気がして自分に自信が持てなかったのは確かだけど小百合に言われると全部それでいい気がする、良い友達持ったなぁ。
「小百合…ありがと」
「ん…」
小百合…完全に酔ってるな「そろそろ帰ろっか?」
「そだね…でも…に負けない…って何だ…?」
私の椅子の背もたれに手をかけながら、ゆらぁりと立ち上りボソボソ呟いている、え?今何て?
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