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「なぎさ、なぎさってば!」
左手に持ったスマホの画面を眺めながら5分くらいはぼ〜っとしていただろうか、フォークを持った同僚の小百合が現実世界に引き戻してくれた。
「ごめん、ぼ〜っとしてた」
スマホを片付け、目の前に置かれたサラダの上に乗ったトマトを口に運ぶ、少し青臭さが残る酸味が思考をはっきりさせる。
おしゃれなインテリアなんて置いてなくて、そのまま会議室にも使えそうな社員食堂のテーブルでお互いパスタセットを頼んだが、小百合の皿の上は半分程無くなっていた。
「何見てんの?面白いニュースあった?」
「ううん、小説の…」
「あんたまだそんなの書いてんの?」
人に聞いといて食い気味に被せてきた事に少し驚いたけど目を丸くしている小百合はもっと驚いている様子だ。
「何よ、悪い?」
同期入社の小百合とは話が合った、他人と話すのがあまり好きではなく、どちらかといえば陰キャの私とは正反対で誰とでも気さくに話せ、主任や課長からも気に入られている小百合が私と連るんでるのは、私を引き立て役にするためだって後輩に言われたけどそれでもまぁ良いかなって私は思ってる。
「悪か無いけどさ、1年やってて箸にも棒にも引っかからなかったんでしょ?いい加減辞めれば?」
「そりゃそうだけど…」
姉御肌というのか面倒見が良いのか、結構私の心配もしてくれるので一緒に居ると何だか居心地がいいのだ、辞めれば?と言いつつ小百合はそれ以上突っ込んでこない、他人の領域をむやみに踏み荒らさない優しさも持ち合わせている、それに…。
「良いからはやく食べないと、休憩終わっちゃうよ」
「あ、そうだった会議資料出さなきゃ」
慌ててパスタを絡める、3時からの会議資料を出しといてって頼まれてたんだ。
「会議って…長谷部の?」
「え?うん」
「っか〜っ!アイツの仕事手伝ってんの?最悪じゃ〜ん」
「いやいや仕事だし」
長谷部という人物は1つ先輩なのだが、今年の人事で20代後半で既に係長となっている男だ、彼が異例のスピード出世を果たしたのは皆で企画を出し合って成功を収めた仕事の手柄を独り占めしたからだ、と小百合は思っているのでかなり嫌っている。
「取り敢えず茶ぁでもシバキに行きますかな、なぎさ殿」
「へいへい給湯室でございますね小百合殿」
昼ごはんの後は自分の分のお茶を一緒に淹れに行くのがふたりのルーティンだった。
「小沢ぁ資料出来てるか?」
まとめたデータをプリントアウトしようとした時、昼休憩をたっぷり取った係長の長谷部さんがパソコン画面を覗きに来た「あ、はい今出してます」丁度『プリントする』ボタンを押した所だった。
「ちょっと待て!ストップ!」
係長は私の手から慌ててマウスを奪い取りカチカチとクリックしてプリントアウトをキャンセルした、オフィスの隅に置かれた複合機は数枚を吐き出して停止した。
「何するんですか長谷部さん!?」
「お前何人分の資料作る気だよ?」
「え?20人分ですけど」
頬を引つらせている係長に普通に返したが
「どう見ても200にしか見えないんですけど?」
「うわぁ!?」
「うわぁ!じゃねぇよ何ぼ〜っとしてんだよ」
間一髪、確かに他の事を考えてて少しぼやっとしてた、肩を落としている係長と二人でほっと胸をなでおろす。
「俺が間に合ったから良かったもののプリントアウト位ちゃんとしろよ?」
「俺が…?間に合ったから…?」
係長の言葉に反応した小百合がツカツカと歩いてくる。
「休憩時間30分もオーバーしといて間に合ったから?間に合ってねーっつーの!係長ってそんな重役出勤みたいな事出来ましたっけ?」
「他の打ち合わせで少し遅れるって事は課長にも報告済みですけど?」
「へ〜?午後からの会議の他にも仕事を抱えてらっしゃる?大したエリート様でいらっしゃいます事」
「何突っかかって来てんだよテメェは?」
「うわっ!テメェですって怖い怖い、課長パワハラですよこの人」
わざとらしく震えてるポーズを取るけどとばっちりを食らったのは課長の方だ、慌てて二人をなだめに飛んで来た。
「まぁまぁ長谷部くんも瀬口くんも…二人ともそれくらいにして、仕事に戻って」
小百合は課長に背中を押されながら自分の席に戻る係長の背中に向かって「ケッ!」と悪態をつく、ホントに中悪いなこの二人…。
「…なぎさぁ?」
「へいへい…」
このトーンで名前を呼ぶ時は大抵仕事の後飲みに行こうって合図だ、私も相談したい事があったし丁度いい、仕事終わりにいつもの居酒屋に直行しよう。
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