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「なあ。新年会しないか?どうせ帰省しないんだし」
「……卒論ちゃんとやるんだろうな?」
「息抜きだよ。俺のアパート、皆んな帰省してて、俺しか東京に残ってないんだよ」
「元日に志帆と初詣に行く約束してるんだ」
「その後でいいよ。家に二人で来な。渚も呼ぶからさ」
バイトに卒論、就活と、そういえばしばらく集まっていなかった。以前はよく集まっていた四人の心地よい空間を、ぼやぼやと思い出した。「四人で、楽しいことしようぜ」集まる時はいつも拓真発信で、集まっても少しのお酒と共に話して過ごすだけの時間だった。
モラトリアムだ。
そんな猶予も、卒業後は僕と志帆が地元で就職する事は決まっていて、この先「忙しい」や「遠い」を枕詞にして、その機会は失われていくのだろう。
「分かった。志帆に話しておくよ」
改札の手前まで来てくれた拓真に振り返りながらそう答えた時、拓真が唐突に肩へ手を回し、僕の耳元に顔を寄せた。
耳朶を噛まれるのかと思うくらいの距離で、拓真の薄い唇が呟いた。
「……」
人も疎らな構内は、気を抜くと下卑た密話も洩れた分だけ反響しているかのように感じた。
普段よりも少し意地の悪い拓真の笑顔は、色気も棘も持つ冬花に似ていた。
「拓真お前、なに、言ってんだよ。もっとまともなこと考えろよ」
「まともさ。多分何も変わんねえよ。ちょっと刺激があるだけ」
時間を気にする素振りに気遣って、拓真が僕を改札に押し出す。
自動改札が閉じ簡素な板で隔たれた拓真と、しばし向き合った。
僕の目に映る拓真は、口角を吊り上げ笑っている。
モラトリアムの化身のように、より「生」を感じるその姿に、僕は只々見惚れた。
◇
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