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  「柊ちゃん、ほんとに料理上手になったよね。この四年で」  僕の作った炒め物をご飯の上に乗せて、志帆は小さな唇にそれを運んだ。  帰りの電車に乗り遅れた志帆が部屋に着く頃合いを見計らい、僕は挽肉とニラともやしで簡単なおかずを作っておいた。  家庭的な志帆にこの四年で家事の全般を教えてもらっていて、特に料理については何もできなかった僕もそれなりの品数を食卓に並べられるようになっていた。 「『雨垂れ石をも穿つ』ってやつだ」 「『塵も積もれば山となる』と同義?」 「そう。志帆も何か出して」 「んー、『積羽舟を沈む』……だっけ」 「いいね。『けんけん塞がれば終に江河となる』」 「えー、孔子? そこまで行くと私も分かんないよう」  四月からは、志帆は地元の学習塾に就職が決まっていた。  僕が先に地元にある地方専門のシンクタンクに就職を決めていて、志帆はそれに合わせるように地元での就活に乗り出した経緯があった。  学習塾の講師になるまでに教育に役立つ知識を深めたいからと、最近では日常から二人でこんな受験を控えた学生のようなやりとりをして楽しんでいた。 「志帆、でもちょっとバイト入れ過ぎじゃない? 帰省もしないで、クリスマスからずっと仕事じゃ疲れちゃうぞ?」 「んー、でもお金厳しいし。柊ちゃんも今年帰らないなら、私もいいかなって。どうせ春からはずっとあっちだもん」 「でもさ。倒れたらどうしようもないでしょ」 「『元も子もない』って?」 「それを言うなら『元の木阿弥』かな」 「『水の泡になる』とか」 「それも『水泡に帰す』だよ」  ははは、と笑い合う。  幾分疲れた感じだった志帆も、目を細めて笑ってくれる。  後ろに一つに束ねた髪が一束だけ顔の横に垂れていて、食事の箸運びで連られて唇に貼り付いた。  あっ、と気付いて呟いた声は少し掠れていた。箸を持つ手の人差し指を立ててその薄桃色から剥がす仕草に、微かな色気を感じた。  
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