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 僕が志帆に見る感情は、そんなささやかな中にある輝きの美しさだった。  薄幸とは言わないが、内面も外見も素晴らしい志帆が、僕のような凡人と付き合い慎ましやかに「生」を噛み締め過ごしている。  経済的な部分と学力だけ志帆より恵まれている自分が、そんな志帆と寄り添い生きているという実感は、波風の少ない僕等らしい恋愛の形なのだと、僕は勝手に信じていた。 「……志帆。君は僕といて幸せなの?」 「うん。とっても」  食事の合間に訊ねたのに、その返事は間髪無かった。  志帆は揺るぎないのだ。  瞑るほどに目を細めて僕に微笑んで、僕は付き合い始めてから1ミリも変わらない志帆のその笑顔に、いつもそこはかとない安堵を感じている。 「そうだ。拓真くんの卒論は大丈夫そう?」  掌を合わせ素振りだけ「ごちそうさま」をする。僕は互いのマグカップにほうじ茶を煎れながら、カフェでの斯々然々を話した。  空になった食器を重ねてできた机上の隙間に、湯気の立つほうじ茶が並んでいる。  ぼんやりと眠そうに見える志帆の顔が、白く霞む先に浮かんでいた。  ふと、夕方の拓真の薄い唇を連想した。  だめだ。拓真の戯れ言にあてられている。 「新年会かあ。いいね。渚さんとお店以外で会うの……ひさしぶり」 「ああ。拓真卒業してから東京に残るか知らないけど、四人で簡単には会えなくなるしね」  お腹が満たされ、志帆の目と首の角度が鈍くなり始めた。 「元日はバイト無いし……四人で楽しもー……」  言い終わる時には、もう目を瞑っていた。  僕はそっと志帆を支えて、静かに絨毯の上に寝かせる。疲れが溜まっているのだろう。少し仮眠をさせようと思った。うたた寝にちょうどいい膝掛け大の毛布を持ってきて、志帆の身体に掛ける。胸元までしか覆えない大きさで、中腰になってそっと乗せようとした時、志帆が腕を僕の首に巻き付けてきた。 「柊ちゃんは、優しいね」  薄い表情のまま、僅かな艶の唇が僕を褒める。 「一時間で起こすよ。少し休みな」  志帆の手首を持って、彼女の胸元の毛布の縁に置いた。ちぇ。志帆が小さく囀った。  寝息が聞こえるまで、僕は傍らで志帆の頭を撫でた。  ◇  
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