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◇
都内の神社はちょっとだけ忙しなくて、押し込まれるように進んだ参道の先で、急かされるようにこれからの二人の幸せを祈った。
互いの小声のお願い事が聞こえて、開けた薄目がかち合った。
お守りを買って、おみくじを引いた。
今年は僕が小吉で、志帆が末吉だった。
どっちが上? なんていまいち答えの分からないことに笑い合って、初詣を済ませた。
出店のアメリカンドックが意外に大きくて、夜の新年会まで何も食べなくていいね、なんて話しながら、ひと駅分を電車に乗らずに歩くことにした。
少し後ろを歩く志帆を見た。
開けたコートの襟口から、インナーに着た薄桃色のセーターが見えた。
今日も志帆は綺麗で、いつもより少しだけ浮き上がるような気分を、その薄桃色に感じていた。
さりげなかった。
そして、何気なかったのだ。
「志帆。これは拓真から言い出した話なんだけどさ」
企みもなければ、邪な意図もなかった。
決意や決断があって話した訳でもなかった。
あったのは、僅かな興味と嫉妬だった。
可能性が少ないからこそ、試そうとした。
当然にあるものからの逸脱に、夢を見た。
◇
沿線に添うように伸びる狭い道路で話した言葉は、時折通る各駅停車にところどころ掻き消される。
志帆の、憤怒や軽蔑を殆ど見せない表情も、
微かな驚きの声も、
何やら僕に訊ねようとした小さな逡巡も。
線路の継ぎ目を鳴らすノイズは、それらを有耶無耶にしていく。
五年もの間、僕が積み上げてきた僕の中の志帆が、ぼんやりと薄れた。
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