59人が本棚に入れています
本棚に追加
新年会という事だったので飲み物くらいはと思い、ビールは途中で買ってきた。
志帆は、クリスマスに余ってバイト先から貰っていたという、密栓の炭酸飲料を家から持ってきていた。
しかし、ソファの前の小さなテーブルに、グラスや料理の類いは何一つ乗っていなかった。
「そういうの、いいんだよ」
「は?」
キッチンのシンク台側の小窓から射した夕陽が、座って微笑む拓真の顔を照らす。
白いシャツのボタンは上三つが外れていて、肌けた胸元を輝かせた。
少しの沈黙の後、とりあえず僕等はテーブルの上に持ってきた飲み物を置き、着てきたコート類を脱ぐ。
隣室に繋がる鴨居のハンガーにそれを掛けた時、隣りの畳敷きの寝室に、マットレスと枕が二つ置かれているのが見えた。
はかりかねた。
僕は動けなかった。
後ろの方で息を飲むのが聞こえた。
焦るように平静を繕った志帆が、薄桃色のセーターの腕を捲りながら、シンク横の食器棚からグラスを取り出しに向かう。
「だからいいんだって」
拓真は不意に立ち上がり、渚さんをソファに残して志帆の手首を取った。
「……」
「いいんだろ?」
問う先が曖昧だ。
拓真は志帆しか見ていない。
でもその声は、部屋にいる全員に響く声量だった。
「おい、拓真」
冗談だよな、とか、本気なのか、という言葉が喉元を往復する。
炭酸を一気に流し込んだ後のような、そんな苦しさに似ていた。
「いいんだよな、志帆ちゃん」
「……」
今度は志帆だけに問い掛ける。
髪を下ろしている横顔はその表情を窺い知れないが、窓から差し込む西陽が黒髪を透かして、シルエットだけで志帆の表情を詳らかにしている。
志帆が、小さく、頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!