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泡にまみれた指を、僕の口元に遣る。
白い泡は、隣室の豆電球から漏れ入る弱々しい灯りに不思議なほど映えた。
時が止まったように、じっとそれを見つめた。
確固たるもの、理想や信頼、小綺麗なものは全て泡のようで、だから「綺麗事」って言葉は人を不安にさせるのだろうか。
襖の向こうで、布が擦れるような音が響き始めた。「ぁ」 不意に志帆の声が聞こえた。信じられなかった。真意で、水泡に帰した。そう感じた。その後、単純なひとつの五十音が、隣室から繰り返し聞こえるようになった。その間隔も短くなっていった。その間、渚さんは僕の下から口元に指を掲げ続け、微笑んでいた。白い泡も殆ど消えていて、もう一方の手の親指で僕の頬に流れるものを拭いていた。
「志帆ちゃん、すごいね」
僕は渚さんの指に口付ける。
水泡に、キスをした。
◇
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