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   大学に入ってから、僕と志帆はクリスマスを一緒に過ごしたことが無い。いや、高三も受験勉強真っ只中で、結局はその日互いの家の窓から降る雪を別々に眺めた。  上京後、志帆は一人暮らしのアパートの近所にある洋菓子店で、アルバイトをしていた。  兄弟が多く母親の女手一つで育てられた志帆の大学生活は、経済的に楽では無かった。  だから手当の良いクリスマス期は毎年仕事に出ていて、志帆にとって日本中が愛を確かめ合う日は、特別に忙しいだけの平日でしかなかった。 「……志帆が何か言ってたの?」 「いや、何も」 「じゃあ何だよ。拓真、今日はやけに突っかかるな」  拓真は、志帆と同じ洋菓子店で働いていた。入学当初、大学の講義で隣席になったのをきっかけに僕と拓真は知り合い、仲良くなった。  日本の真逆の遠方から来ていた拓真がアルバイトを探していると聞き、自分の恋人も地方出身者だがよくしてくれる所だという事で、求人募集を出していたその洋菓子店を紹介した。  志帆と違い勉強もアルバイトも不真面目だったが、拓真は志帆のことは何かと気に掛けてくれていた。志帆も知人の少ない東京で、拓真には心を許し、仲良くしているようだった。 「志帆ちゃんがお前のこと悪く言うわけないだろ」 「何怒ってんだよ」  拓真がコーヒー風味の飲み物を啜る。  荒く掻き混ぜたせいで縁に出来ていた水泡に静かに口付けるように、その薄い唇を窄めた。  滲み出るような色気は些か退屈気味で、啜り飲んだ反動の吐息が、拓真の小さい顔前に垂れる前髪を静かに揺らした。 「……ただの八つ当たりだよ」  
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