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空気をならすようにひとつ咳払いをして、拓真が話を続ける。
「……望んで内定取れるならさ、いくらでも頑張るけど。渚が嬉しく思ってくれるなら」
「んー。とりあえず、就活厳しいんなら卒論何とかしたら?」
「卒論やっても渚は喜ばねえよ。……何かさ、渚の気持ちっていうか、心に刺激を与えるような楽しいこと、ないかな」
どうせ実りの無い問い掛けだ。
軽く溜め息をついてから目の前のカップを飲み干した時、テーブルの上のスマートフォンが震えたのに気付いた。メッセージアプリのポップアップが、志帆からの「バイト終わったからそっち行くね」という言葉を浮かべている。
「志帆が来てくれるみたいだ。もうすぐ俺も帰るぞ」
「お前ら……ずっと仲良いねえ。羨ましいよ」
拓真が渚さんを好きなように、僕も志帆を変わらず好きだと思う。これからもずっと。
喧嘩らしい喧嘩もした事はないから、今思うと今日の拓真のような悩みを持った事は無い。それが拓真の言う「仲が良い」ということなら、それはそういう事なのだろう。
努めて積み上げてきた、僕達の関係性なのだ。
席を立ち、冬らしく重い夜空に包まれた屋外に出た。
いつも薄着の拓真の「さむっ」という声を背中に受けながら、少し早足で駅に向かった。
電車を一本逃せば、志帆を部屋で待たせてしまう事になるだろう。
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