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大きな地震が起きた。
さなぜかこの地震はこの村だけにおき、他の村や町にはほとんど被害がなかった。
私が働いていた洋風のお屋敷もほとんど崩壊し、旦那様が亡くなってしまった。
なぜか女中部屋は無事で私と真野さんは、傷ひとつつかなかったが、奥様と絵里麻はこの事態に八つ当たりを繰り返し続けた。
雨もずっと降っていた。
旦那様が有していた畑も壊滅的な状況になり、作物は一つもとれない。それどころか、旦那様は地主でもあったが、かなり悪どい方法で金を巻き上げていたこと事も世間に発覚し、家はまともに機能せず、私も真野さんも雀の涙ほどのご飯しか食べられない日が続く。もともと魚が食べられるのは月に数回の贅沢だったが、野菜すらろくに食べられない。
火因村は、全体的に壊滅的状態になった。農作物もほとんど採れない。しかし、なぜか太郎くんの家の畑だけは豊作。盗人も現れたが、その場で雷に打たれて即死したり、足を踏み外して大怪我を負っていた。まさに奇跡としか言えない出来事だと村人は噂していたが、あの神社で絵馬や紙を見てしまったので怖くて仕方なかった。
太郎くんは相変わらず見つかっていない。やはり生贄になってしまったのか。非現実な事ではあるが、こうして目の前に事実を突きつけられると、本当かも知れないと思う。
私は、もう一度だけ村中を歩き回り、太郎くんの姿を探したが、やっぱりどこにもいなかった。
太郎くんの両親は二人ともニコニコと笑いながら農作業をしていたが、こんな奇妙な事ばかり起こると怖かった。
やっぱり神様はいるの?
私はこの森の神社の鳥居を見上げながら考えるが、やっぱり恐ろしさでそこには二度と行けなかった。それにろくに食べ物も取っていないせいで、腹が減ってろくに思考もできない。とりあえず女中部屋に帰る事にした。
家に帰ると、真野さんがいない。
「真野さーん? どこ?」
崩壊した本邸の方にはいるわけがないが、女中部屋にもいない。残るは米蔵だ。ここにはほとんど食料は残っていないが、なぜか地震の被害も合わずに無事だった。
「うぉ、志乃。助けてくれっ」
「真野さん!」
米蔵から真野さんの声がして、一目散に中に入る。そこには、柱に縛り付けられた真野さんが居た。そばには、奥様と絵里麻もいて偉そうに顎を吊り上げていた。
確か二人は親戚の家に逃げているはずだったが、なぜここにいるんだろうか。
「遅かったわね、志乃」
「奥様、真野さんを解放してください。一体なぜこんな事をしているんですか?」
真野さんは苦しそうにうめいている。肉付きがいいので、身体にロープが食い込んでしまったようである。
「うるさい! 口答えすんな!」
絵里麻から石が飛んできて私の肩にあたる。今日は二人とも綺麗な洋装だ。花柄のワンピースであったが、ちっとも美人に見えず、意地悪そうな表情を隠せない。
「お前はこれから生贄になってもらうよ」
「は? 奥様何をおっしゃっているんですか?」
「となりの藤沢の噂を聞いたのよ。子供を神社に置いていったら、色々と恵みがあるそうじゃない」
「そうよ、お母さま。私も郷土資料館に行って昔の記録を見たら、あの神社に子供か若い娘を置いていったら、飢饉や地震が止まったそうなのよ。特に若い娘は、花嫁衣装を着せるといいみたい」
ふだん絵里麻は勉強が出来ないくせに、こうやってコソコソと調べていた事に言葉を失う。
「あれぁ、絵里麻嬢ちゃん。勉強嫌いなのにそんな調べたんべか」
「うるさい! 真野は黙ってなさいよ!」
奥様がそう言い、真野さんは黙ってしまった。真野さんが元気そうなのが救いではあるが、今はそれどころではない。
やっぱりあの村の神社の噂は本当のようである。怖くて、膝から崩れ落ちるような思いだ。
「私にどうしろって言うんですか?」
「だからさっきから言ってるじゃない。あんたは龍神様の生贄になるの」
奥様はもう決まった事のように宣言していた。
「い、嫌です」
「逆らうんじゃないよ。うちはもう火の車で、どうしようもないんだ!」
「逆らったら、真野を殺すけどいい?」
絵里麻はそう言って、再び私に石を投げた。身体はあまり痛くなかったが、心は恐怖で縮みそうだった。
それに真野さんもこれ以上縛り付けておくわけにはいかない。
「わかったわ。神社に行けばいいんでしょ」
「志乃、おいらはいいから、そんな事言うんじゃないっぺ」
真野さんが庇ってはくれたが、心の底から龍神がいるかと信じているといえば嘘だ。こうして状況証拠は揃っているわけだが、やっぱり自分の目で見たわけではない。
空腹で頭が少しおかしくなっていたのかも知れない。まともな判断をそているとも思えないが、奥様の言う事に従う他無さそうだった。
「わかればいいのよ」
奥様はそう言い、真野さんが解放された。龍神様が本当にいるかはわからない。ただ、この運命を受け入れるしか方法は無いようである。
その夜、私は不思議な夢を見た。ボロボロで血だらけになった30代ぐらいの男の人がいた。顔は見えないが、全身が傷だらけで頭にチクチクとしたイバラの冠を被っていた。特に背中の皮が剥がれて痛そうだった。
「待って、あなたは誰ですか?」
あまりにも痛々しい姿の声をかけようとしたが、すぐに消えてしまった。
「わたしはすぐにくる」
そんな言葉だけ残していた。目覚めたら、私の頬は涙で濡れていた。夢の中でボロボロで血だらけになった男性を思って泣いていたようだった。
不思議な夢だった。
なぜかもう一度あの男の人に会いたいと思ってしまった。
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