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第1部・三文小説編
長い夢を見ていた。
残念ながらあの男の人の事ではなく、死んだ両親の夢だった。
あまり良い夢ではなく、両親が死ぬ日の夢だった。二人は、結婚記念日で出かけていた。その帰り、列車の事故の巻きこまれてあっけなくなくなってしまった。
そに日から転落が始まる。
比較的裕福な家で何一つ不自由なく暮らしていたが、親戚は誰も同情的ではなく、引き取られた先の家では奥様や絵里麻に虐げられる。女中の仕事は体力勝負で毎日大変だった。
本来なら家の近くのミッションスクールに行く予定だったが、それもダメになってしまった。
いずれ結婚する事になる為の束の間の時間という事はよくわかっていた。特に母は私に良妻賢母になるよう、料理や裁縫も子供の頃から教えてくれた。
母に料理や裁縫を教えてもらうたびに、まだ見ぬ夫という存在に胸をときめかせた。
母は、妾の子供だったので、妻だけを愛する男性を嫁ぐようにするからとよく言っていた。
世間では自由恋愛は認められつつあったけど、それは自分には関係のない話だと思っていた。
でも、そんな結婚についても儚い夢になってしまった。夢に出てきた両親に私は責めていた。どうしてこうなったのと泣いていた。自分は悪くないのにと子供の様に駄々をこねていた。
「ごめんよ、志乃」
悲痛な顔で両親は謝ったいたが、すぐに消えてしまった。何もない白い空間が夢の中に現れる。私は泣きながら、こんな事も考えていた。
神様が本当にいるなら、なぜ自分はこんな不幸な身の上なんだろうか?
あの龍神は本当に神様なのだろうか。わからない。それでも私の胸は悲しみに満たされて、泣き続けていた。そんな嫌な夢を見ながら、目が覚めた。
頬は涙で濡れ、着せられていた寝巻きは汗で湿っていた。
「ここはどこ?」
私はキョロキョロしながらあたりを見回す。どこかの寝室のようだ。十二畳ぐらいあり、広々としているが、少し肌寒さも感じるほどだった。
こんな広い部屋は、どう考えても女中部屋ではない。花が飾られている花瓶はいかにも高そうだったし、寝かされていた布団もふかふかで、両親と暮らしていた時間を思い出すほどだった。
着せられている寝巻きも肌触りがよく、これは今までに着たことも無い様な高そうなものだった。大きさもピッタリで、まるで自分のために仕立てられたと錯覚しそうである。
「あれ……」
私は立ち上がって窓の方を見た。そこには、おかしな光景があった。
窓の外が海の中だった。まるで、水族館という場所のように魚が泳いでいるのが見える。海の色は空のようの透き通っていた。魚の色は鮮やかで、見た事もないものだった。水族館についてはよくわからないが、異国にあり、魚を見学できる施設だと父に絵を見せてもらった事がある。
ここは水族館という場所なのだろうか。頭が混乱して全くわからない。自分は死んでどこか別の世界に旅立ってしまったと言われた方がまだ納得できる気がする。
私はとりあえず、布団にもどり、その上にしゃがみ込む。脈をはかると、ドクドクと波打っているのがわかる。どうやらまだ死んではいない様であるが、ここは一体どこ?
あの龍神様はどこに行ってしまったのだろうか。心細くて死にそうだ。龍神様のついてまだ何も知らないが、自分を労ってくれたのは事実である。心細さから、思わず言葉にならない声で叫んでしまった。
「どうされましたか?」
するとこの部屋に一人の女性が入ってきた。
「えぇ……」
その女性の姿を見て、私は再び声を失ってしまう。女性は40歳ぐらいだったが、神社の巫女のような格好をしていた。緋色の袴がよく似合っている。
問題はそこではなく、女性の頭には鬼の様な角が生えていた。どう考えても人間ではない。それだけでも気絶しそうだ。やっぱり自分は死んでしまったのかも知れない。
「そんなに珍しいですか、奥様」
「奥様?」
聞きなれない単語である。思わず首を傾げる。
「ええ。このお屋敷は龍神様のものですし。違うのですか?」
否定はできない。
確かに花嫁衣装を着て、龍神様に捧げられた事は間違いでは無い。
「えっと、あなたは誰ですか?」
「私は椿と申します。旦那様の龍神様から、奥様のお世話をするように命じられました」
だんだんと状況は理解できてきた。どうやらここが龍神様のお屋敷であり、目の前の椿が世話係のようだ。しかし、窓の外の光景や椿の姿は謎でしかない。
「ああ、この角ですか。私は妖者で、鬼の女です」
「人間ではないの?」
おそるおそる聞いた。現実味はないが、目の前にいるのだから信じるしかないだろう。
「ええ。そもそもここは『霊界』の下層にある海底ですね。この屋敷は竜宮城とも呼ばれていますね」
「竜宮城?」
どこかで聞いた事のある言葉だが、思い出そうとすると急に頭が痛くなって思い出せない。
「つまりここは海の底なの? なぜ私達は溺れずに息ができるの?」
「ここは、現実であって現実でがないのですよ」
「え? どういう事?」
さっぱり意味がわからない。ただ、この状況を受け入れるしか無さそうである。龍神様が生きる世界と私がいた世界では全く違うという事は理解できた。
「奥様、お腹は空いていませんか?」
「え?」
同時にお腹がなる。
「着替えたらご飯にしましょうか。奥様」
椿はニッコリと笑顔を作って頷いた。
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