私の旦那はアンドロイド

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六月十八日  六月十八日──それは、私が結婚する日。 人間は非常に面倒な生き物で、六月に結婚するといつまでも幸せになれる、とかいうジンクスなんぞを掲げ、その月で結婚することをジューンブライドなどと呼ぶ風潮がある。 そういう私は、地球にとっては宇宙人にあたる。私自身、風潮だなんだというものに一切興味は無い。ではなぜこの日に結婚するのか。それは私の夫が原因である。私の夫の剛典、通称『Take No Lie-No Bore Type 835 環状版』は、自律型有知能思考アンドロイドで、現代の人間と全く違いがないほどに精密な思考を持ち、数十年前には彼らに『人権』が与えられた。そして、結婚も可能になった彼は私に婚約指輪を渡し、プロポーズをした。 彼は記憶力がよく、古代のことに忠実な人だ。今の時代に婚約指輪なんて文化はほとんど廃れており、ジューンブライドも彼が望んでいるから行われるものである。 現在の結婚式は簡易的なものであれば、招待したい人がどの星にいようと数秒の暇があれば体に内蔵されたチップが通信して脳内で時間を縮めて式を行うことができる。実際私は宇宙人、彼もアンドロイドということでその方法で式をやると思っていた。なのに彼は、時間をかけることを望んだ。なぜ彼がそうしたか聞いてみると、彼らアンドロイドにとって時間というのは単なる計測物に過ぎず、私たちのように時間というものに思い出が作りにくいから、らしい。私も含め人々の寿命は十世紀近くある。しかも進歩した人間の技術によって肉体の生存に限らない生活も可能となった。人によっては、元の体からアンドロイドに意志の核(昔は魂と呼ばれていたらしい)を埋め込み生活する人も、アンドロイドに人権が与えられてから増えてきた。 今では人口の四割が本来の体ではない所で生活している。 そんな中私は、地球に移住可能かどうかを調査するために来た種族である。調査員の一員である私は、今でこそ社会に溶け込んでいるが、当初は随分と言語の複雑さに苦しんだ。しかし昔の地球では、この惑星の中でも言語に違いがあったそうだ。しかも二つ三つどころの話ではなく、軽く百を超える数の言語があったそうだ。その当時は戦争の絶えない時期だったのだろうが、それにしても多すぎると思う。しかもブレインチップを導入する前の話なのだから、恐ろしい話である。なぜそんなに言語を分けてまで対立を深め、共生をあきらめてしまうのか。それは── ……おっと、随分と長いこと熱く語ってしまったようだ。今は剛典とウェディングドレスを見に来ていて……というか今着ているのかこれは。 私の頭にちょうどベールがかぶされるところだった。幸い考え出してから2.537秒しか経っていないので、誰にも気づかれていないとは思うのだが、いけないいけない。いつまでも報告書を書く癖が治らないのは困りものだ。と、またいつもの癖で触手が首の後ろで回っている。 私たちの種族にとって触手は非常に大切な感覚器官であるので、これだけは髪にまとめて結ぶといったことができない。 なので普段は髪の影になる首の付け根あたりにしまっている。しかしウェディングドレスを着るには、基本的には髪を後ろで結ぶ必要があり、普段髪を降ろしている私にとっては違和感を感じるし、おそらく触手もちらっと見えてしまう。あまり見せるものでは無いのだが、人によってはそこがいいとか言っている人もいるけど、私の知っている限りそんな変人はいない……はず。 私は自ら後ろ髪をまとめて持ち上げる形で触手を手の裏に隠した。 よく似合ってると剛典に言われると、私は少し気分があがる。でもそんな素振りを彼に見せるつもりはない。確かに婚約はしているが、一言褒められただけで喜んでいるようでは、安い女だと思われてしまう。そんな私の心情など気にもせず、彼は僅かな体温の変化から私の高揚を察知し微笑んでいる。全く、試着を手伝ってくれているロボットが微知能AIしか組み込まれてないからってずるいと思う。先に言った通り、彼は温度などのいくつもの僅かな変化から人及び生物の感情を読み取ることが出来るというのが、デフォルトで機能している。だから、人が多いところでは当然視野に映る人全ての感情を読み取るため、普段より演算が遅めになる。そのため本人も少し自信がない、つまり緊張した状態になるのだ。少し前に人が多すぎるからと目を閉じたまま手を引っ張ってくれと頼んできたのは思わず飲んでいたコスモコーヒーを吹き出してしまった。かわいかったからもう一度見たいのは内緒だが。 まあいい。式場にはアンドロイド以外にたくさん人を呼んでやる、覚悟するがいい。 結婚式を昔からの伝統通りに行うこと自体珍しいから、何人か見物客も来るかもしれない。私も結婚式がたのしくなってきた。 何度か気が抜けるタイミングがあったが、とりあえずウェディングドレスが決まったので良しとしよう。 『六月十八日』  式場には、たくさんの人、アンドロイド、小型飛行ロボットに一時的に意識を移した元人、マスコミ各社など、多くの観客が集まっていた。 とはいえまさか報道コスモスまでくるとは思ってくなかった。さすがの私も全銀河放送になるのは恥ずかしく思えてきた。 しかしそれ以上に。 さっきから眼球が上下左右に行ったり来たりしている。あ、目を閉じた。かわいい。扉が開く前から感熱機能によって既に負荷がかかっているようだ。 やっぱり手を引いてくれないか、ここじゃ目を閉じないと歩けない、だって? そんな事は許してあげません。ちゃんとエスコートしてくださいな、た・け・の・りさん? そういって彼の腕に自分の腕を絡める。 というか私だって、完全にまとめあげられた後ろ髪のせいで触手が丸見えなのだ。それが銀河放送?ああ意識すると余計に恥ずかしくなってきた。 ちなみに、新婦は父親が新郎の元まで送り届ける、というのが本来の習慣らしいのだが、私がどうしても、と言って新郎新婦どちらも扉から入るようにしてもらった。もちろん、彼のオーバーヒートを間近で見るために仕組んだことである。私まで緊張すること以外はおおむね計画通りであった。すると、 『それでは新郎新婦の入場です!』 あっちょっとまって急すぎない?まだ心の準備が── そんなことを口にすることもなく扉が開いた。 一斉に集まる視線。瞳や顔の向きで分かる者もいるし、赤外線や微弱な音波を向けられることでわかる視線もある。 私と彼は一瞬お互いの顔を見つめ、頷きながら前に歩く。 すると会場の人々が──否、緑や薄青の肌色をした人型達が、徐々に自身の触手を伸ばし、上に向けて伸ばした。私の種族の祝福の表現方法、それをその場にいる全ての人が行っていた。 六月十八日──それは、地球から「にんげん」が消失した日。 六月十一日、人類が自ら災害となった。それから一週間余りで人はヒトという記録となった。 今となっては遺物にあたる当時の物品は、ほとんど原型を保ったまま、今の私達の生活の基盤となっている。それは人が「生物のみに影響を与える謎の兵器」を生み出していたことで、意図せずそうなったと現在の研究でわかっているらしい。 今月はそんな人間たちを悼むために、ほとんどの人が『人型』を保つようにしている。 いつか私達がそのような結果を辿らないように、人間として願うのだ。 私と彼は、本来持たない唇で、初めてキスをした。 まあ、そんなに悪いものじゃないとも思う。 ライター:SUYAKO 報道コスモス 《本文章は、歴史ある古代の言語、地球の言語を引用して著されています。》 《ШаヾЫ◞Å▦☖╽ЬЛЁа╺〚◘◨ШЬЫж∵∜⊄жзеЮЖ※☶ФЧеёй∬◈Ё》
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