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乾太一 2
俺はある朝、突然の辞令を受けた。営業部から工場長への異動だった。表面上、工場長という肩書は与えられているが、裏を返せば工場への左遷であった。もしかすると、この左遷は片道切符かもしれない。俺はその辞令に納得がいかなかった。それに、営業畑一筋で仕事をしてきた俺が、工場へ異動になったところで、煙たがられることは火を見るより明らかだった。
部長が仕組んだことはわかった。あまりにもやり方が子どもじみていないか!小学生レベルのやり方に俺は怒りを通り越した。
だが、部長に直談判したところで、事態が好転するとは思えないし、傷口に塩を塗るようなものだ。
サラリーマン社会の宿命というべきか。上に刃向かう者は圧力で潰される。俺はそういう人間を何人も見てきた。その人間の一人に自分がなってしまったことがショックだった。
あの部長とは反りが合わない。いや、俺ではなくても、あの部長と合う人間なんて、いるものか!
しかし、辞令が下った以上、それに従うのがサラリーマンの宿命。進むも地獄、退くも地獄である。
俺は帰りの電車の中で放心状態だった。目に映る景色がくすんで見えた。工場は神奈川県の川崎市にある。阿佐ヶ谷の自宅から川崎の工場までは、通勤圏内ではあるが、二時間以上の道のりだ。
この仕打ちは、あの会社の常とう手段だ。
俺は悔しさのあまり、歯ぎしりした。そのまま強く噛み過ぎて、唇を突き破ってしまうのではないかと思うほどに。
この歳で会社を辞めることはできない。とても勇気の要ることだ。俺には家族がいる。中学生の長女と小学生の長男がいる。彼らには教育を施すためにお金がこれから、もっと必要になるだろう。
俺は頭を抱えた。阿佐ヶ谷の駅を降りて、俺は肩を落としたまま、家路をトボトボ歩いていた。
初夏に入って、まだ陽は長かった。家は商店街とは正反対の方向なので、明るくても人通りの少ない道を歩く。
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