乾太一 2

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 途中、用途のない公衆電話ボックスを通り過ぎる。俺は電話ボックスが使われたところを見たことがない。そもそも、畑の多いこの土地の一角になぜ、電話ボックスがあるのか?蛇足としか表現のしようがない。  いつもなら、意識せず、ボックスの横を通り過ぎるのだが、ボックスの台座の上に一つの旅行鞄が置いてあるのに気づいた。  忘れ物だろうか?俺は足を止めて、その鞄を注視した。  その旅行鞄が俺を手招きしているように見えた。俺は周囲に人がいないか確認し、電話ボックスに身体を滑りこませた。  逸る気持ちを抑えて俺は旅行鞄の中を開けた。そこには一万円札の束が詰め込まれていた。もしやと思い、俺は束から一枚を抜き取って透かし見た。間違いない。本物の札だ。  脱税した金か?それとも単なる忘れ物か?俺は直感的にすぐにこの場から離れた方がいいと判断した。  持ち主が鞄がないことに気づいて、戻って来ないとも限らない。幸運にも周囲には誰もおらず、陽も翳り始めた。  一面、畑や案山子しかない地域は目撃する輩などいないと、俺は高を括った。今朝は地獄を見たが、夜は一転して天国だ。祝杯でも挙げたいところだが、出所不明の現金を持ち歩くわけにはいかない。  俺はひとまず、出所不明の現金の詰まった鞄をトランクルームに預けることにした。使い道はゆっくり考えればいい。  この時の俺は罪悪感なんてなかった。警察に届ける気もさらさらなかった。俺はまだツイているという楽観的な考えが頭を占めた。
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