乾貴代子 2

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 主人は私に向かって言った。 「今度は、病棟の外で会いませんか?」と。  私は「はい」と返事をした。唐突だったが、私は予知していたように自然に振る舞えた。  それからとんとん拍子に結婚に至った。結婚したら看護師を辞めることも厭わなかった。私は看護師よりも妻として居たかった。それが女性の幸せだと固く信じている。  私は今の生活にはだいたい満足している。主人の稼ぎは平均より少ないが、持ち家はあるし、子どもたちも健康に育っている。近所とのトラブルはなく、穏やかな日々を送っている。  ただ、一つ不満を挙げるとすれば、やはり浴槽だ。いまどき釜焚きの風呂なんてない。時代は平成だ。オール電化の家だってあるのに、我が家が釜焚きの風呂なんて、人に言うだけ赤面しそうだ。  そして、欲を言ってしまえば、女として見てほしかった。女は灰になるまで女だ。妻として、母親としては及第点だと思う。だが、女としては及第点に達していない気がする。  子どもが生まれてから、営みの回数が減った。インターネットの掲示板でも、夫がベッドで構ってくれなくなったことを嘆く文句が散見された。私もその一人だ。  だが、子どもは私の理想通り、順調に育っている。このままいけば、何の心配もない。  子どもが独立したら、思い切って家を改築しようかしら。だって、二人とも歳をとるんだもの。高齢者に優しい空間にしなくては。  子どもが親を介護するのは昔の話だ。子どもには子どもの人生がある。私たち夫婦にも人生があるように。だから、贅沢は言えないが、せめて家くらいは良質な場所にしたい。これって、贅沢かしら?私は至極真っ当なことを言っていると思う。
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