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現場は物々しい雰囲気だった。警察車両が停まり、焼け残った家を取り囲むように人だかりができていた。
焦げた煤の匂いが充満し、私はハンカチで口元を押さえた。勇気をもって、もう少し、近づくと、ガソリンのような揮発性のある油の匂いが鼻をついた。
火災現場特有の匂いと雰囲気に私は圧倒された。
私は操り人形のように黄色いテープまで近づいた。その時、強い力で腕を掴まれた。
振り返ると、強面の中年の男が私を咎めるように見つめていた。腕章をつけているから、刑事だろう。
同じ公務員でも、刑事は怖ろしい。仲間意識はない。
男は手帳を見せ、安西と名乗った。安西は私の父親と同じくらいの年齢に見えた。
安西はタバコを吸おうとしたが、思い直してやめた。火災現場では火気厳禁だ。
「関係者以外は立ち入り禁止です。それにこれ以上、近寄るのは危ない。いつ家が崩れてもおかしくはない」
安西は上を見上げた。私もそれに倣って見上げる。一階はすっかり焼けただれていたが、二階はほんの少し、原形を留めていた。
火元はガレージらしく、ガレージに停まっていた軽自動車が丸焦げだった。
「ガソリンに引火したものだから、性質が悪い。それにこの家が木造だったことも災いしたな」
刑事はこちらが何も聞かないのに、ベラベラと喋り出した。
「お宅は乾さんとは、どのような関係かな?」
「乾里穂のクラスの担任です」
「それはわざわざ、日曜日なのに現場に来ていただいてご苦労さまです。柏原淑子さんはご存知で?」
「はい。柏原淑子も私の担任のクラスです」
安西は何かを咀嚼するように口を動かした。
「幸運にも彼女は二階にいたため、命は助かりました」
それはメールで知っていたので、私は別段驚かなかった。怪我の状況は不明だった。
「この火災は事故ですか?」
「今、調査官が調べています。我々は素人なので、調査結果を待つだけです」
「もし、事故でなかったら?」
「そうなったら、我々の出番です」
私は改めて、乾里穂の変わり果てた家を見上げた。
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