乾貴代子3

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 黒のトレーナーは夜目には目立たない。だから、私が日が暮れた頃に帰る時、女を案山子だと見まがう。フロントライトに照らし出された女はまるで、不吉な魔女のように映る。  女の目は虚ろだった。何だか精神を病んでるみたいだ。私は看護師をしていたので、たくさんの病人を見てきた。身体の疾患よりも心の疾患の方が顔に出やすい。田圃の女も決して健康とは言えない。  女の目線の先には携帯の普及でほとんど、使われなくなった公衆電話ボックスが佇んでいた。  夜になり、辺りが暗くなると、ボックス内に明かりがつき、田圃の中でその存在を誇示する。  私は電話ボックスを撤去してほしいと思ったことがある。電話ボックスは狭い道のカーブに差し掛かったところにある。私の車は軽自動車だから、小回りが効くが、ワンボックスカーのような車だと、曲がる際に車体を電話ボックスに擦ってしまいそうだ。  子どもたちには田圃に変な女の人がいるから帰り道は気を付けるようにと、私は注意を促している。  もちろん、主人にも注意は喚起しているが、主人は女一人どうということはないと言って、取り合わない。変なところで自信過剰なのだ。  ここ最近、この辺りでは通り魔のような事件は起きていない。あの女はただ、頭がおかしいだけなのかもしれない。私が神経過敏になっているだけだ。  それにしても、また主人の帰りが遅い。一家団欒で食卓を囲む日はいつになるやら...。
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