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安西康治2
「はい。私がやりました」
俺は取調室で後に本当のことを言った。
「安西さん、あんた、そんな人だったの?あなたが奥さんに暴力を振るったなんて、考えたくないな」
同僚の俺より、一回り若い刑事が悔しそうに言った。
「ここは、禁煙だったよな?」
「安西さん、タバコなんか吸ってる場合じゃないよ。あんた、何をやったかわかってんの?」
俺にはここへ連れて来られる前の記憶がない。悪い夢から覚めたように、今は身体に気だるさが残っている。
拳が痛いと思って、右の拳を見ると、滑りとした赤い血がついていた。血は完全に凝固してはいなかった。ただ、この血は俺の血ではない。その血の感触が甦り、妻が崩れ落ちる瞬間の映像が脳裏に浮かんだ。
「奥さんは顎の骨を折り、前歯を三本失いました」
「え?妻が?誰がそんな酷いことを?」
すると、刑事が机を拳骨で叩いた。
「あんただよ。あんたが鬼畜のごとく奥さんを殴りつけた」
俺は改めて拳を見た。そして、その血のおぞましさに驚き、シャツで拳の血糊を拭いた。白いシャツは紅い紋様を作った。
「全治三か月の重傷だ。さて、安西さん、あんた、日常的に奥さんにDVを働いていたようだね」
俺は俯いた。取り調べる側の刑事が取り調べられる側にいる。この不思議なシチュエーションに俺は失笑を堪えていた。刑事は反省の色がない俺をどやしつけた。
「おまえ、奥さんの痛みや苦しみがわからないのか?俺が思い知らせるか」
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