20人が本棚に入れています
本棚に追加
香坂菜穂3
私はリュックサックに阿佐ヶ谷一家焼死事件のあらゆる資料を詰め込んで、T出版社へ向かった。
先日、会って話を聞いた刑事からの資料も拝借した。あの刑事は、人間としてはあまり、評価できない生活をしてきたが、刑事としては適材適所の人間だ。
妻に日常的に暴力を振るい、大怪我をさせて、三年ほど閑職に回された。とうの昔に妻と離婚していた。私より、五つほど年下の娘は元妻が引き取ったそうだ。妻とも娘とも会ってはいないそうだ。裁判所命令で、妻と娘の半径五メートル以内の接近は禁じられた。養育費は娘が高校を卒業するまで払い続けた。その辺は律儀にこなした。
それにしても、あの刑事はタバコ臭かった。あの日、私は刑事と別れてから、マンションに帰ると、すぐさま服を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。
私は出版社に到着すると、面談室を借りる。窓もない小部屋だが、私はここが一番落ち着く。
「おお。やる気になってるねえ。いい記事期待しているよ」
かつての上司の田中さんが面談室に顔を出した。私は軽く会釈をする。
田中さんは私に記事の書き方から取材の方法や、読者目線の記事の作り方まで徹底して私に叩き込んだ。田中さんは身体が細いが、ノリは体育会系で、私も久しく忘れていた熱いものを感じた。
私はもともと運動部にいたので、田中さんのようなハチャメチャともとれるしごきには慣れていた。むしろ、私はジャーナリストになると決心してから、そのようなしごきを渇望していたのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!