20人が本棚に入れています
本棚に追加
私は田中さんに恩返しをする意味でも、独立後の初仕事で成果を挙げなければならない。生まれつきプレッシャーには強いと自負している。
独立を希望したのは私で、誰に背中を押されたわけでもない。ただ、田中さんは理解は示してくれた。
私の生物学上の父親は酒乱でどうしようもなかったが、田中さんは私にとって、模範的な父親像だった。
もし、あの火災が第三者による放火だとしたら、勝間晴子という元郵便局員が怪しくなる。彼女は火災の起こる一週間ほど前に、乾家の周辺で挙動不審な人物として、近隣住民から報告が入っていた。
彼女は突然、郵便局を辞めた後、田圃の畔に案山子のように佇んでいたらしい。黒のトレーナーを着ていたので、夜は周りに散在している案山子と見まがうほどだ。
ある時、勝間晴子は公衆電話ボックスに横領した、現金の詰まった旅行鞄を置き去りにした。その鞄はある意味、パンドラの箱のようなものだった。
そのパンドラの箱を開けた犠牲者が乾太一だった。彼女は現金の詰まった旅行鞄を置き去りにして何を企んでいたのか?中身は横領した汚い金だ。誰かにそのお金を使わせることで、マネーロンダリングをしようとしたのか?
私はその女の職場での評価や噂などを聞いて回った資料を取り出す。
勝間晴子 当時四十二歳 独身。宮城県仙台市出身。高校を卒業と同時に東京へ出て来た。地方公務員の試験を受け、郵便局に配属。始めは小金井の支店で内勤だった。阿佐ヶ谷支店に異動になったのは、当時の十年前。勤務態度は良好で、遅刻や欠勤も見られなかった。
しかし、上京してからこれといった友だちはできなかった。もちろん、男関係は皆無。自身の容姿にコンプレックスがあったためか、異性との交遊、合コンなどには消極的だった。
最初のコメントを投稿しよう!