香坂菜穂3

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 私はそこまで目を通して、深くため息をついた。私もかつて、ホストに狂う女たちを取材したことを思い出す。私自身もホストクラブに行ったことはあるが、あの場所は何というか、自由で開放的で、自尊心をくすぐる。そのような巧妙なシステムに組み込まれた彼女たちには同情の余地もあった。だが、厳しい言い方をすれば、柏原淑子だって、その犠牲者だ。  この、彼女の手記は顧客からの金を横領したところで終っていた。彼女のワープロのフロッピーディスクの中に収められていた。ここからは推測になる。  彼女は横領した金の処分に困っていた。そこで、彼女は田圃の一角にある公衆電話ボックスに現金の詰まった鞄を置いた。その鞄を偶然見つけた乾太一がそのまま、ネコババした。  それは彼女に対する背反行為だったのかもしれない。乾がその鞄を警察に届けて去るはずだった。つまり、その現金が警察に渡ることで、彼女の贖罪になるはずだった。その贖罪のチャンスを乾は潰したのだ。彼女にとっては、梯子の段を外されたようなものだ。  だから、乾家に放火?実際は放火ではなく、軽自動車の給油口からガソリンを漏れさせたのだが、ある意味、放火に近い行為だ。でも、それで乾太一を殺すだろうか?そもそも乾太一だけをターゲットにするなら、この放火は矛盾してはいないか?  乾家の全員が焼死したのだ。そのうち、泊まりに訪れていた柏原淑子は、死ぬところだった。生還できたからよかったものの、もし、死んでしまったら、犬死にだ。それに、勝間晴子にとっては、それは本意ではないはずだ。殺人者はよく口を揃えて言う。人ひとり殺すのも、二人殺すのも同じだと。だが、勝間晴子は根っからの殺人者ではない。  私も、彼女の気持ちが少しだけ分かる気がした。殺意とまでは行かないが、彼女と似たような境遇を体験しているからだ。
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