香坂菜穂3

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 私が小学生の頃、一匹の仔犬を公園で拾った。ちょうど大雨の日で、私が公園を横切っている時に、きゅんきゅんと哀しげな鳴き声が聞こえた。  公園の裏の林の中で、一匹の茶色い仔犬が雨に濡れそぼりながら、震えていた。首輪をしていないことから、捨て犬だということはわかった。  私はその仔犬を可哀そうに思った。雨が降り出したから林の中に避難した仔犬。でも、結局、仔犬は雨をしのぐことができなかった。  私は仔犬を飼いたいと母親に申し出たが、父親がそれを許さなかった。父親は頑固だ。そして、大の動物嫌いだった。  私は父親に言われるまま、拾った犬を公園に返した。雨が降り続いていたので、仔犬の傍らにビニール傘を立ててやった。心の中で仔犬に何度も謝った。  気になった私は公園に足繫く通い、仔犬の様子を見た。仔犬は近所の人たちに餌などを貰って元気そうだった。私が飼うまでもなかったと、その時は安心した。  ところが、ある日、仔犬の姿が消えていた。公園を管理している人に仔犬のことを訊ねると、その人は仔犬が保健所に連れて行かれたと答えた。  その時になって初めて、私は自分を罵った。あんたのせいだ。あんたが父親を説得してでも飼うべきだったんだ。  後悔しても始まらない。公園の中で仔犬の悲痛な鳴き声が聞こえてきそうだ。  私には勝間晴子が己の無力さを感じて、自暴自棄になったことがわかる。  私は次に火災で生き残った柏原淑子に話を聞くつもりだ。彼女は私の取材に応じると言った。  現在、ファッション雑誌で彼女を見ない日はない。彼女は死んでいった乾里穂の分まで生き、幸せになろうとしている。苦しみの中に光明を見出すかのように。
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