親子丼

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 ある冬の日、健人はハローワークから出てきた。もうこれで何回出てきたんだろう。数える度に肩を落としてしまう。なかなか次の仕事が見つからない。とても焦っている。これ以上、親に迷惑をかけたくない。早く仕事を探さなければと思っているのに。焦ってもなかなか次の仕事が決まらない。  健人は秋田県の大館市出身だ。高校を卒業して、大学に進学したのを機に東京にやって来た。4年間の大学生活を終えて、健人は焼鳥屋に入社した。健人の実家は焼鳥屋で、父、四郎は焼鳥屋の大将だ。健人はその店を継ぎたいと思っていた。だが、四郎は継がせないと言う。健人は諦めている。だが、焼鳥屋への夢を諦めたわけではない。東京でもっと腕を上げて、父を超える事を目標としていた。そして、父が反対して悪かったと思えるほどに成長したいと。 「いつになったら新しい職場にたどり着けるんだろう」  健人はため息をついた。足取りが重い。早く見つけたいのに。今度も焼鳥屋でできたらいいなと思っている。だが、言い職場が見つからない。 「早く仕事を見つけないと。だけど、おやじの店を継いだらいかんからな」  健人は心の中で思っていた。いつか父を超える男になると。  地下鉄を乗り継いで、健人は部屋のあるマンションに戻ってきた。マンションは10階建てで、健人の部屋は6階にある。  健人はエレベーターに乗った。6階まで行くのには、たいていエレベーターを使っている。エレベーターの中は1人だ。とても静かで、寂しい。それはまるで今の自分のようだ。焼鳥屋で働いていた頃には、多くの人と話していたのに、今はこんなに寂しい。  健人は家に入ろうとした。だが、鍵が入っていない。何だろう。誰か入っているんだろうか?  健人は家の中に入った。と、そこには四郎がいる。まさか大舘からはるばるここまで来るとは。何があったんだろう。 「あれっ、どうした?」 「まだ仕事が見つからないのか?」  四郎は心配していた。あんなに東京で頑張っていたのに、まさか店がつぶれて無職になるとは。信じられなかったが、本当の事だ。 「うん」  健人は下を向いた。なかなか見つからないのが辛いようだ。それを見て、四郎はかわいそうに思った。早く見つかってほしい。だけど、なかなか見つからないんだな。 「どうだ、ちょっと気晴らしに故郷に行ってみないか?」  ふと、四郎は考えた。疲れているから、なかなか決まらないんじゃないかな? ここで少し休んで一段落してから頑張ってみたらどうだろう。 「うーん・・・」  健人は戸惑っている。本当にいいんだろうか? 自分は店を継ぐなと言われた男だ。 「気晴らしにいいじゃないか」 「わ、わかった・・・」  説得する四郎に、健人は一旦気晴らしで戻る事を決意した。今日から1週間だ。その間に、本当に変わるんだろうか?  翌日、健人は秋田新幹線と在来線で大雪の降る秋田県の大館に戻ってきた。大舘はかつて、小坂への鉱山鉄道が延びていたが、1994年に旅客営業が、2009年には貨物営業が廃止になり、大館駅はただの中間駅になってしまった。  深夜、健人は久々の家で眠っていた。健人は机の上で眠っていた。疲れが残っているようだ。だが、それでも再就職に向けて頑張らなければならない。履歴書をある程度持ってきた。あらかじめ書ける部分は書き、いつ紹介してもらってもいいようにしておく。 「どうだ」  健人は後ろを振り向いた。そこには四郎がいる。四郎は深夜、仕事の合間を縫ってここに来たようだ。 「久々に帰るのもいいもんだよ。でも、早く帰りたいな」  だが、健人は心の中で思っていた。早く東京で新しい職を見つけて、安定した生活を送りたい。 「そうだね。早く仕事探したいもんね」  と、四郎は机の上にある履歴書が気になった。帰ってきたとはいえ、早く再就職するために頑張っているとは。感心するな。 「履歴書を書いてんのか?」 「うん。準備はしておかないと」  健人は眠たそうに笑みを浮かべた。その様子を見て、東京でも頑張っているんだ、必ずもうすぐ新しい就職先が見つかるだろうと思った。  と、四郎は背中に隠していた丼を出した。どうやら頑張っている僕のために夜食を作ってくれたようだ。 「そっか。夜食、作ってやったよ」  健人は丼の中身をよく見た。親子丼だ。焼鳥屋を経営している四郎は、賄いでよく親子丼を作っているという。その味は評判で、メニューにしたところ大好評で、しめで食べる人が多いようだ。 「あ、ありがとう。って、親子丼?」 「うん」  健人は嬉しそうだ。まさか、四郎の作る親子丼が食べられるなんて。 「久しぶりにどうかなって」  健人は親子丼を食べ始めた。久々に食べたけど、やっぱりおいしい。この味はここでしか味わえない。 「おいしい! やっぱり父さんの親子丼はおいしいな。チェーン店とは違う」 「だろう。これが焼鳥屋の親子丼ってわけだ」  四郎は笑みを浮かべた。気に入ってくれて何よりだ。これが本当の親子丼なんだ。  と、健人は考えた。店を継がせたくないって言ってたけど、本当は違うんじゃないだろうか? 本当にこの味を受け継げるのか不安だから言ったんだろうか? 「どうしたんだい?」  四郎は健人の様子が気になった。何を考えているんだろう。 「いや、何でもないよ」 「そっか」  四郎は部屋を出て行った。まだこれから仕事がある。職場に戻らなければ。健人はその様子をじっと見ている。本当に継がせたくないと思っているんだろうか?  1週間後、健人は東京に戻ってきた。リフレッシュできたのか、いつも以上に履歴書を書く筆が進むし、面接の練習もうまくいく。いったん実家に戻って正解だったな。  健人はハローワークにやって来た。ほぼ1週間ぶりだ。全く変わっていない。またここから新しい仕事を探そう。 「おっ、帰ってきたのか」 「山本さん」  健人は振り向き、驚いた。同じ焼鳥屋に勤めていた山本だ。まさかここで再会するとは。ここで再会したのは、山本もまだ再就職先が見つからないんだろう。 「心配したんだよ。いなくなったんで」  山本は数日前、健人の家にやって来た。だが、誰もいなかった。久しぶりに2人で晩酌を楽しもうと思ったのに。で、大家に聞くと、1週間ぐらい家を離れるとの知らせだったという。 「ちょっと実家に戻ってリフレッシュしてきまして」  健人は笑みを浮かべている。実家に戻ってよかったと思っているようだ。 「そっか。って、実家はどこなんですか?」 「秋田県の大舘です」  山本は驚いた。まさか、比内地鶏の本場に実家があるとは。だから焼鳥屋になったのかな? 「そっか」 「うちの実家、比内地鶏の焼鳥屋でして」  まさか実家が焼鳥屋だったとは。道理て焼くのがうまいわけだ。店長にまで登り詰めた理由がわかる。 「そうなんだ。でも、何で東京の焼鳥屋で働いてたの?」 「おやじが継がせたくないと思ってたからさ」  山本は驚いた。どうしてあんなに実力があるのに、継がせたくないと思っているんだろう。焼鳥屋を継ぐに十分な腕前なのに。店長だったのに。 「そうなんだ」 「だから僕は大学に進学して、焼鳥屋で働き始めたんだ」  健人は東京に来て大学を経て焼鳥屋で働き始めた経緯を語った。山本は真剣にその話を聞いている。 「だからそんなに焼くのがうまかったんだ」 「うん」  健人は笑みを浮かべた。自分に料理を教えてくれた、そして何より興味を持たせてくれた父に感謝している。  その日の夜、四郎はいつものように焼鳥屋にいた。冬の寒い時期、この焼鳥屋では秋田の郷土料理、きりたんぽ鍋も人気で、家族で食べに来る人もちらほらいる。焼鳥屋で、比内地鶏の店だけあって、鶏肉がおいしいと評判だ。  そんな中、カウンターには常連客の宮下がいる。宮下はすでにジョッキ2杯を飲んでいて、少し顔が赤くなっている。 「大将、健ちゃんが帰って来てたんだって?」  宮下は先日、健人の姿を見ていた。近くのコンビニで立ち読みしているのを目撃したようだ。帰ってきているとは。まさか、東京で失敗したのかなと思った。 「ああ」  四郎は笑みを浮かべた。これでまた東京で頑張る気になれたようだ。こうして健人の力になれるのが嬉しいようだ。 「なかなか職が見つからないんだね」  宮下はコンビニで健人と出会い、今の状況を話した。それを聞いて、宮下はどうして健人が実家に帰ってきたのか知った。 「そうらしいね」  それを聞いて、四郎は何かを考えているようだ。宮下はその表情が気になった。 「大将、どうしたんだい?」 「あの時、本当に言ってよかったのかなって思って」  四郎は最近、後悔している。あの時、どうして継がせたくないと言ってしまったんだろう。その溝はもう縮まらないんだろうか? 「どうしたの?」 「店を継がせたくないって言ってたけど、本当に言ってよかったのかなって」  宮下は考えた。店を継ぐのはいい事だが、この味を告げるのかは不安だ。だけど、東京の焼鳥屋で店長になるまで成長した健人をもう許してもいいんじゃないかな? そして、親子でここで頑張ってもいいんじゃないだろうか? 「うーん、どうだろうね。もう許したらどう?」 「うーん・・・」  そう言われて、四郎は考えた。明日の昼、健人に電話しよう。あの時、継がせたくないと言っていたけど、継ぐ気はあるか聞きたい。もし、継ぐ気持ちがあるのなら、帰ってきてほしいな。  翌日、健人は自宅に帰ってきた。今日は面接だった。だが、面接はうまくいかなかった。自信はない。今回も受からないだろう。あれだけ練習したのに。 「はぁ、今日も結局決まらなかった。いつになったら決まるんだろう」  健人は応募書類を出した。面接した会社に提出したけど、すぐに応募書類を戻されてしまった。それだけで不採用だとわかった。  健人はため息をついた。早く就職先を見つけないといけないな。これ以上父に迷惑をかけたくない。  と、電話が鳴った。こんな時間に誰だろう。父だろうか? それとも応募した会社だろうか? 「もしもし」 「健人か」  健人は驚いた。父だ。普段かける事はあまりないのに、一体何だろう。 「はい」 「あの時はごめんな。店、継がせたくないって言ったけど、本当によかったのかなって思ってきて」  父は少し泣いているようだ。継がせたくないと言ったのを後悔しているようだ。まさか、継がせたいと思っているんだろうか? そうなら、自分は大歓迎だ。そのために自分は腕を上げてきた。 「どうしたの?」 「健人の成長を見て、継がせたいと思い始めたんだ」  店長にまで登り詰めた健人を知って、健人なら家を継げるだろうと感じた。 「本当?」  健人は嬉しかった。全く考えていなかったけど、こんな時が本当に来るとは。もし可能ならば継ぎたい。 「うん」 「ありがとう。じゃあ、帰るよ。そして、店を継ぐよ」 「そっか。ありがとう」  四郎は電話を切った。受かったわけじゃないのに、健人は笑みを浮かべた。  健人は外を見た。その先には大舘がある。大舘は今日も雪が降っているんだろうか? 全部片付いたら、故郷に帰ろう。もう一度、大舘のみんなに会いたいな。そして、四郎の店を継ぎ、楽しい人生を送るんだ。
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