28. May 2023【記録・1話完結(長文)】

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28. May 2023【記録・1話完結(長文)】

フライパンで作れるアクアパッツァ パスタ、バケット、サラダ、ローストビーフ 包丁は左手がメインな俺は 痛みや痺れの少ない右手での調理に 今日はいつもより苦戦していた 家にいる事しか出来ない今の自分が エースに出来る唯一だからと 家事の効率を失いたくなくて その他の日常を極力控えて過ごし 2人の日々を大切に… しているのに それを望んでの今なのに… 最近入院中より日々のイライラが増していて そんな自分への葛藤も増えていた (左手やないからイラつくんや、大丈夫や) そんな葛藤に何かしらの理由を当てはめ 無理やり自分を納得させる そして今日も 野菜と一緒に苛立ちを小さく刻んでいく (何でなんや、料理出来てるんやで) (エースが食うてくれはるんやで) (帰ってきたかったやん) (家に帰れるならそれだけで幸せやて) (…思うたやんか) またも膨れ上がるモヤモヤに 小さく舌打ちした俺は 野菜とため息をフライパンへぶち込む 「ゆー?w」 キッチンの向こう側のエースが 俺の様子にふはっと笑った 『まだやで、あと30分待って』 「えーーー!!emptyすぎるw」 『さっきドーナツ食うたやろw』 「あんなん5分ぶんの燃料にしかなんねえ」 『お前は戦闘機かww』 ほら 幸せやん 笑えとるしホワっとするし こんなに幸せやのに まだ苛つくんか俺 何でそんなに文句ばっか言う様になったん 贅沢やろが 抗がん剤やってた時の辛さ思い出せ 思い出せ 思い出せ! 思い出せ!! 玉ねぎを切る音がだんだん強くなる その音に合わせる様に本を閉じたエースが こちらを向き直し再び俺を呼んだ 「ゆーちゃん」 『まーだw』 「今…幸せ?」 思わず顔を上げる さっきより柔らかな笑顔のエースが続ける 「…幸せ?」 『当たり前やん』 「本当に?」 『…何でそんな事聞くん』 心を見透かされている様な視線を避ける様に 少し口調を荒げた俺は 再び玉ねぎを刻み始める 「俺には…幸せそうに見えないから」 (…何で) 「毎日美味いメシ食えるし、家ん中綺麗だし、アリア(ハウスキーパーさん)も自分の仕事が無い程良くしてくれるって話してた。兄貴も姉貴も良かったねって話してるし、俺も…最高のパートナーだって日々誇りに思ってる」 …顔を伏せたまま玉ねぎを刻み続ける 「でも」 「お前が…辛そうに見えて仕方ない」 …無意識に手が止まる 「2人で普通の生活をしようって話したよな?俺には仕事を極めて夢叶えて欲しいって…言ってくれたよな?目標とか夢とか…あれから俺ばかり話してるじゃん、ゆーちゃんは今の生活…本当に楽しめてる?夢、また挑戦しねえの?」 (…やめろ) 「…俺さ、お前にもやりたい事やってほし」 最後の ' い ' は言わせなかった 俺は手元の玉ねぎを エースにむけてぶん投げていた 「…ほら、図星じゃねえか」 想定内だとばかりに玉ねぎをかわし 真顔に変わったエースに毒を吐く 『ぶっ飛ばされてえのかてめえ』 「は?w 偽り野郎がいきがってんなよw」 秒で包丁をぶん投げる 余裕の表情でかわす相手 「お前、物投げるしか出来ねえのかよw」 わざと俺を苛立たせる様な言い方に 逆に冷静さを取り戻した俺は 相手を無視し そのままフライパンに火を入れ口を閉じた 「今のお前…出来ない事を周りのせいにして、何かのせいにして…レオンにそっくり」 一瞬耳を疑った 俺を陥れ人生を狂わせた先輩 俺の人生最大の敵の名前 そいつに …似てる? ムカつきすぎて覚えていないが 俺は魚や野菜が入ったフライパンを そのままエースに向かってぶん投げていた 「HEy, WHAT???」 避けきれなかったエースの周りに 色々なものがぶちまけられている 『無理、まじ無理、今回こそ別れる』 『最悪、まじ無理』 言いながら指輪を外し投げ飛ばした俺を見て エースの表情が一瞬で怒りに変わった 「てめえっ!!」 『言葉えらべ』 「事実だろうがっ!!!」 キッチンを乗り越えた勢いのまま 相手に蹴りを入れる その足ごと掴まれソファに投げ飛ばされる 「いつからそんなクズになった!!!」 『 てめえに何がわかる!!!』 やりたくても出来ない事を! 前より全てに時間がかかって苛立つ事を! あれもこれもやりたいけど! 感染したらこの日々が終わるから!! …終わるから耐えるしか 一気に捲し立てるとガーッと涙が溢れてきた 「やっと言ってくーれた…」 顔を覆い俯く俺を いつもの笑顔でエースが抱きしめてくる 触られたくなくて盛大に暴れる わざと倒れたフリをするエースに 返す言葉が見つからない その時点でまだ俺は 苛立ちがおさまっていなかった そのまま立ち上がり 腕で涙を拭き取り無言でキッチンへ向かう モップや水を用意し 床の掃除をしながら気持ちを落ち着かせる 「なあ」 (いいから今は話し掛けんな) 「やりたい事…ねえの?」 ああああああああああああああああああ💢 モップを握る手に力が入る 何なんよ今日は うっざいうざいうざいうざいうざい 『ない』 「嘘だ」 『ねえし』 「やりたいけど、出来ねえって?」 嘲笑う態度に再び苛立ち 俺はモップをぶん投げていた 「は???」 モップと俺を交互に見ながら エースもまた軽く苛立っている 『わかる?癌なんよ、出来んよな?手動かんのわかっとるよな?息しにくいのわかっとるよな??俺にどうしろって!!!』 「癌だろうが風邪だろうが、中身はお前なんじゃねえのかって言ってんだよ!!!」 投げたモップが飛んでくる 「病気に勝つって、完治する事や寛解する事じゃねえよな??自分を保つ事なんじゃねえのかって言ってんだよ!」 …うざい シカトを決め込んだ俺は 飛んできたモップで掃除を始め無言を貫く 「仕事で疲れたら?気分転換!インフルエンザにかかったら?また失声症が出たら?……その都度お前が変わるわけ?気分転換したらいい!違う?病気って、基本的に大差はねんじゃねえのかな!」 キャットタワーの上から 散乱した魚と俺達を交互に眺めている猫に 微笑みかける 「感染したら?…覚悟の上で退院したのは俺だけだったのかよ!!普通の生活って、俺にメシ作るだけ??お前最近ずーっとイラついてるのって…ビビリすぎてるからじゃねえの??」 …わかっているけど わかりたくなかった部分を見事に指摘され 泣きそうになる気持ちをまた飲み込む 「ほら、また我慢した」 …うるさい 「また勉強したいんじゃねえの?音楽教師、何で断ったの?本当はやりたかったんじゃねえの?指2本動かなくてもピアノ弾いてたの誰!!」 ……やめて 「お前は!やる前から出来ないって決めるカスじゃねえだろ!!俺の嫁は強えんだよ!」 …嫁じゃ、ねえし 「Va où tu peux, meurs où tu dois!!! (行ける所まで行き、死ぬべき場所で死ぬ) お前のモットー!!!忘れた??」 …わかってんだよやめてくれ 「牙を無くすなよっ…!!俺は何の為にいるんだよ…!」 …うるさいうるさいうるさいうるさい 「ゆー!!」 言葉が見つからず 最後の反抗とばかりに モップを洗うバケツをぶん投げた俺は 膝の力が抜けてしゃがみこんだ 「HEY!!! バケツはやめろっ……って…お前……さっきから…何でこんな重いもん投げれんだよ……バケツって…ははっ……水入り……ははっ……お前…ボールより重いじゃんバケツ………」 声が震えている気がして 顔を上げてみる エースが バケツを見ながら泣いていた 「スマホや本…持てなかったじゃん…ふふっ……バケツて…ははっ…フライパン中身ごとて……ふふっ…w 何だお前……ふふふ」 『…ほんまや』 「ふふっ…ははっ…あははははは」 『あははっ、ウケるww あはははは』 バケツの水と たくさんの野菜と 色々な物が散らかる床で 俺達は腹を抱えて笑った スマホを持てなかったはずが 包丁を握るだけで汗をかく程辛かったはずが フライパンをぶん投げて モップをぶん投げて バケツをぶん投げて 蹴りを入れた後普通に立ったまま 喧嘩してたんだ 俺 前と 同じやんか 前より 強いやんか 「あーあ、ゆーちゃんぽいっ」 目の前にしゃがんできて笑うエースに 思い切り飛びつく そのまま床に倒れこみまた2人で笑う そうだ 前のように出来ないけど 今出来る全てを極めればいい 癌って言葉に ビビりすぎてたんや 薬もある まだ笑える 話せる 泣ける 息も出来る 出来なくなったら 考えたらいいんや 忘れてた ─────────────────── でも… 夜になってベッドに入ると… どうしても不安になる 「ゆー」 『ん?』 「大丈夫、明日も生きてる♫ 寝よ」 そう言ってエースは さっきぶん投げた指輪を 俺の指にグイっと入れながら微笑んだ 何で ぜーんぶわかるんやろなあ 魔法使いなんかな 明日は何しよ 今日もありがとう 退院してはじめて 1度も目が覚めずに朝まで眠れた日の 大切な大切な 記録
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