一の巻

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一の巻

「てぇへんだ! てぇへんだ! 夜御(よみ)川のほとりで土左衛門(どざえもん)が上がったよ」  城下町の川沿い、彼岸桜(ひがんざくら)の下で張り上げられた売子(うりこ)口上(こうじょう)に民衆は耳を傾けた。 「さあ、お立ち合い、大事件だ。都でも評判の別嬪(べっぴん)さんの仏がまた見つかった。これで三人目、今度の仏さんは呉服問屋の一人娘だ。ふらりといなくなったと思ったら、次の日には川にぷかぷかと浮いていたそうだ。それを見つけた岡引(おかっぴき)はあまりの(むご)さに腰を抜かしたって言うんだから、そりゃあもう見れたもんじゃねえ。そのひでえ有様はこの瓦版(かわらばん)に色付き錦絵(にしきえ)で描いてある。瓦版は百枚限り、早い者勝ちだ。買った、買ったぁ!」  売子が絵面(えづら)(ゆび)さすと、その真に迫る描写に民衆は目を奪われ、瓦版は次から次へと手に取られていく。  南蛮貿易が栄えるこの都では異国人達も道を行き交い、その珍しさに足を止めた。 「ははん、これは活版新聞みたいなもの? 一枚もらおうかしら」  売子は足元に大きな影が伸びたのに気づき、ふと見上げると、六尺はあろう長身の銀髪女が硬貨を手に、見下ろしていた。 「こ、これは小判! ありがてえ、異国の別嬪さんも気をつけておくんなせい。近頃物騒でしょうがねえから」 「ふふ、私を殺めるなど、千年早いわ……。それにしても、浮世絵と違って随分と写実的な描画ね」 「へい、南蛮(かぶ)れの絵師がおりまして、そいつに描かせてるもんで……お、噂をすれば、あそこに。おーい、桜典(おうでん)!」  声をかけた方向に目をむけると、同じく六尺近くある、派手な花柄の着物を羽織った傾奇者(かぶきもの)があくびをしながら、のそりのそりと歩く姿が見えた。
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