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「おう乃流さん、その格好はどうした。遊郭を出ることができたのか?」
「それが……身請の仲介、女衒から知らせがありんして、ミラーカ様が身請金だけ払ってくれて、南蛮へすぐにお帰りになることになりんしたと。それでわっちは自由の身となり、しかもお武家様の屋敷に、女中として奉公させていただくことになりんした」
「そいつはよかった、これから忙しくなるな。ああ、その廓詞も直しておけよ」
「はい、桜典の旦那にはお世話になりました。ありがとうござりん……ございました」
えへと舌を出す乃流の頬を、桜典は優しく撫でた。
チリン、チリンという鈴の音が聞こえてきた。
「おっといけねえ、用事を思い出した。それじゃあ乃流さん、達者でな」
桜典はお辞儀をする乃流の元を離れると、桜の下で鈴を鳴らす和尚の元へ足を運んだ。
「色々手を回してくれて恩に着る、和尚」
「それは存ぜぬ事。全ては御仏の思召……」
桜典の着物の背中に刷られた菩薩像が、桜吹雪の中に鎮座していた。
完
「へえ、歌舞伎みたいで格好いいね。桜の刺青とか憧れちゃう」
「うん、でも、僕にもあるんだよね。刺青ではないんだけど、ご先祖様みたいに……」
少年がシャツの襟を広げて首筋を見せると、そこには二つの桜模様の赤い痣が浮き出ていた。
「ご先祖様……。えっ、まさかこれ本当の話? ひょっとして絵巻物に出てくる桜って——」
目の先にそびえる桜の木をそろりと見上げると、落ちて来たひとひらの花が、簪のように少女の黒髪に華を添えた。
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