一の巻

2/2
前へ
/13ページ
次へ
「ああ、瓦版の旦那かい、売れ行きはどうだい?」 「お前さんの錦絵のおかげで、飛ぶように売れてるぜ。この異人さんも、えらく気に入ったみてえだぞ」  桜典がちらりと見やると、女は口角を上げて光る八重歯を見せた。 「とても素敵な絵図ね。凄惨ながらも鮮烈な色彩と巧みな構図で、刹那の美が表現されている。私の名はミラーカ、今度私の絵も描いてもらいたいものだわ。賃銀は弾むわよ」 「俺は自分の興味のあるものしか描かないんでね。気が向いたら描いてやってもいいが、あいにく先客がいる」 「あら……そう、残念ね。あなたには私と同じ感性を感じる。その気になったら、声をかけてちょうだい」  そう語るとミラーカは人の合間をするりと抜け、颯爽(さっそう)とその場を去っていった。   「桜典、どうだい? 小判ももらえたことだし、この後一杯ひっかけに行かねえか?」  売子はくいっと酒を煽る仕草をしたが、桜典は気に留めず、ただミラーカの後ろ姿を凝視していた。 「……疼くな」 「おやあ、どこが疼くんだい? ひょっとして桜典、あの異人さんに惚れちまったか」 「あ? ああ、いやそういうことではない。悪いな、今日はこれから野暮用がある」 「また馴染みの遊郭か? 本当に女好きだな、どこにそんな金があるんだ」 「まあこれが趣味なもんでな、はは」  桜典は売子に背を向けると、はだけた胸元をぼりぼりと掻きながら、軽く手を振った。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加