二の巻

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「変わった筆でありんすね……」 「ああ、これはペインテンナイフと言って、油画(あぶらえ)を描く時の道具だ。南蛮で流行りの技法を使って新たな画風を編み出してやろうと思ってね」 「くす、桜典さんは本当に傾奇者でありんすね。しかもわっちなんかを見本(モデル)にするなんて」 「いや、乃流さんの美しさは都一番だ。桜の花が舞うようなしなやかな物腰に潜む、そこはかとなく漂う(はかな)さが色香に水縹(みはなだ)の色を添えている。その微かな色の移ろいを俺は絵にしてみたい」 「そんな事を言いんすのも桜典の旦那だけでありんす……。ああ、でももうお一方(ひとかた)おりんした」 「ほう? どんな殿方かな?」 「高貴な異人の女の方でありんす。わっちを見染めていただき、お身請(みうけ)いただける話が上がっておりんす」 「女……? それは型破りだな。身請となるとこの遊郭を出ていくのか? それは乃流さんにとって嬉しい事なのかい」 「はい、南蛮船に乗って異国の旅ができるかもしれねえ。知らぬ俗世(ぞくせ)を見聞きして回れるのは、この檻に住まう者にとっては夢でありんす」 「そうかい……ならば俺も祝うとしよう。しかし今しばらくは俺の絵の見本となってくれるかい?」 「かしこまりんした。本当は桜典の旦那にお身請いただければ、うれしゅうござりんした……」  しばらく二人の間に沈黙が流れていたが、チリン、チリンという鈴の音が聞こえてくると、桜典は窓の方に顔を向けた。  さりげなく外に目をやると、(かさ)を被る坊主が遊郭の向かいで鈴を鳴らす様子が(うかが)えた。 「乃流さん、用事を思い出した。今日はこの辺にしておこうか」 「はい、ありがとうござりんした」  桜典は道具の片付けを始めると、ぼそりと独り言を呟いた。 「俺には忌むべき因縁がある……。乃流さんを凶禍(きょうか)に巻き込むわけにはいかねえ」
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