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三の巻
町外れにある竹林に囲まれた山道に入ると、町の喧騒から一転して、笹の音だけが囁くしんみりとした静けさが広がっていた。
竹林の奥に進むと、重苦しい空気を漂わせた古い寺院——玲空寺が見えてきた。
山門を通り過ぎ、境内の石畳を歩くと、坊主が錫杖を手に佇む姿があった。
「来たか……桜典」
「和尚、何用ですか」
「近頃、若い女が続けて仏になっている事は知っておろう」
「はい、絵図を描きながら調べておりました」
「何か気に掛かる事はなかったか?」
「川で上がった土左衛門のはずなのに、中身がからからの骸骨みてえな仏ばかり。そういえば……喉元に二つの噛まれたような傷跡が残っておりました」
「うむ、どうやら人に紛れて南蛮から魔物が忍び込んでおるようだ。吸血鬼と呼ばれる不死の化け物」
ヒュウと風が通り過ぎ、桜の大樹から花びらが落ちると、桜典の面持ちは険しいものに変わった。
「背中が疼くのです……」
「それはお前にかけられた呪縛が血を求めておるのだろう。抜け忍であるお前を生かすための代償として刻んだ玲空桜との闇の契り。影の者はその祟りを恐れて近づこうとはしない」
和尚は桜の大樹を見上げながら念仏を唱えると、数珠を擦り鳴らした。
「この都は玲空桜の結界に護られておる。しかし見返りとして供物を捧げなければならない。供物すなわち、魔物の血」
「魔物の忌み血を捧げろと……」
「闇の契りがある限り、お前は玲空桜と一心同体。それは末代まで続く定め」
「俺はこの桜が嫌いだ……。魔性の気を感じると、俺の中にある黒い霧が騒つく」
「それはこの桜がそもそも悪霊を喰らう魔桜、吸血樹でお前を匂いを嗅ぎつける鼻として操っているからだ。しかしその呪いの力をもって、お前は魑魅魍魎を祓うことができる」
「では、その吸血鬼は今どこに」
「それはお前の背中が感じておるのではないか」
「やはりそうであったか。そうなると乃流さんが危ねえ、吸血鬼とはおそらく……」
「乃流……お前がうつつを抜かしておる遊女か。よいか、お前に人並みの幸せなど来ることはない。夢を見るでないぞ」
「承知している、俺が歩むのは修羅の道。それが魔殺人の仕事」
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