四の巻

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四の巻

 翌日、桜典は乃流を見本にした美人画を仕上げるために再び遊郭を訪れた。   「乃流さん、もうすぐ絵を描き終える。おかげで納得のいく絵が上がりそうだ。それと……もう一つ頼み事を聞いてくれねえかい?」 「なんでありんしょうか」 「昨日話していた身請人とは……ミラーカという名の女か?」 「ええ、そうでありんす。ご存知でありんすか」 「ああ、昨日知り合ってな。あの女はここに来るのかい?」 「はい、明日お越しになる約束をしておりんす」 「そうか、実は絵を描いてほしいと頼まれていてな、似絵(にせえ)を描いてやりたいので、明日の()の刻、玲空寺に来てくれと(こと)()けてくれないか」 「お安いご用でありんす」  桜典は黙々とペインテンナイフを画布の上に滑らせていたが、一刻(いっこく)ほど経つとその手を止め、ナイフを木板の上に置いた。 「さて……出来上がった」  桜典は画布を手に持ち、裏返すと乃流の前に絵を掲げた。 「綺麗……これがわっちでありんすか?」  満開の桜の屏風の前に花魁の柔肌が浮かび、解かれた薄青の帯が乱れる様が描かれていた。 「ああ、乃流さんの心に隠れた浮世の夢を描いてみた。ただし夢に終わらず、真のものとして表に出る様を風のように流れる帯で模した。——そしてこれは身請の餞別として、乃流さんに贈らせてもらおう。売れば、いくらかの端金(はしたがね)にはなるはず」 「もったいのうござりんす、受け取ることはできんせん」 「いや、初めからこの絵ができたら渡したいと思っていた。どうか受け取ってくれ」  桜典が土下座をすると、乃流は慌てて桜典の肩に手を当てた。 「お顔を上げておくんなんし。わかりんした、ありがたくいただきんす」  桜典が顔を上げると、乃流は涙を(こぼ)しながらその胸元に抱きついた。
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