五の巻

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五の巻

 町の衆がすでに床に就く()の刻。  ミラーカが玲空寺を訪れると、ゆらゆらと揺れる蝋燭(ろうそく)の火が、画布を持った桜典の姿を不気味に照らしていた。 「桜典殿、お招きありがとう……。こんな夜更けに絵を描くなんて、やはり変わり者ね」  くすりと笑うミラーカの青白い眼は夜のものとは思えぬほど、強く妖しい光を放っていた。 「いや、ミラーカ殿には夜桜が似合いかと思い、この刻を選んだ。それに……御方(おんかた)には昼のようなものだろう?」 「あら、それはどういう意味?」 「それは……こういうことだ!」  画布を投げつけると、ミラーカはそれを難なく腕で叩き割った。  桜典は背負った刀を抜刀すると、ミラーカを覆い隠した画布目掛けて振り下ろす。  しかしすでにそこにミラーカの姿はなく、辺りを見回すと背後からひひと不気味な笑い声が聞こえてきた。 「桜典殿、あなたには同じ匂いがすると思っていたけど……やはり闇に通ずる者だったのね」 「これまで女達を殺めたのは貴様だな? ——吸血鬼」 「ふふ、正体がばれていたとはね」 「疼くのさ、俺に刻まれた闇の契りが。何を企んでやがる?」 「企みなどない、ただ私の美しさを保つためによ。この国の女の生気は(よど)みがなくとても新鮮だわ。敵となる祓魔師(ふつまし)もいないしね、私にとっては楽園のようなもの」 「残念だったな、魔物を退治する俺、魔殺人がいる」 「この島国の野猿など相手ではない、私は不死の存在」 「それはどうだろうな。これを試してみるか——妖刀村雨(むらさめ)」  月光を浴びて、刀の刃先がすらりと光る。
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