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 O市から3時間かけてやって来た私と母を、伯母の一宮恵津子(えつこ)は歓迎してくれた。 「遠いのによく来てくれたわねぇ、恭子ちゃんはすっかり大人になって……お茶淹れるから上がって」  母も実の姉と仲が良いので、疲れも見せず嬉しそうである。 「この子がここに来たのって、お母さんのお葬式が最後だった?」 「そうよ、大学受験の前々日なのに、恭子ちゃんがお祖母ちゃんを見送りに来たって、近所の人も感心してたわ」  伯母は、母と私をまず仏間に連れて行く。一宮家の仏間では、故人の遺影がずらりと鴨居の上に並んでおり、一番新しい写真は、先代の惣領である祖母のものだった。  母と並んで正座し、大きな仏壇に手を合わせる。子どもの頃は、この部屋が本当に怖かったが、洋服を着た祖母のカラーの遺影は、私たちを歓迎してくれているように見えた。  ふと私は、祖母の3枚横の女性の遺影に視線をやった。ひと回り大きな写真は、この家の惣領のものなので、その女性が曾祖母だと想像がつく。私はこの人の顔を直接知らない。  仏間に繋がる客間に茶を持って来た伯母が、写真を見上げる私に気づき、あら、と声を立てた。母も私の視線の先を追う。 「お祖母さんの写真がどうかした? あ、恭子のひいお祖母ちゃんね」 「そうそう、恭子ちゃんに来てほしかったのはね、蔵から出てきたこの人の若い頃の写真を見せたかったのもあるのよ」  伯母は朗らかに言ったが、私は何となく不穏なものが胸に湧くのを感じた。私はこの家の人たちが皆好きだ。けれどこの家に積極的には来たくないと、子どもの頃から漠然と思っている。その理由が、この年齢になってやっと言葉にできるような気がした。この家、この土地は、何かうっすらと、嫌な感じがする。  伯母が持ち出してきた分厚いアルバムは、立派な金糸入りの布で装丁されていた。黒い台紙の上に、白黒の写真が一定の間隔で、直接糊づけされている。 「あら、素敵ねぇ」  母がアルバムを覗きこむ。それは、曾祖母と曾祖父の結婚式の写真集だった。羽織袴の男性に寄り添う、白黒でもそうとわかる華やかな打掛を纏った女性が、先々代の一宮家の惣領の多津子(たづこ)らしかった。私は角隠しをつけ微笑するその女性に、奇妙なデジャヴを覚えた。……自分の成人式の時の写真を思い出す。  伯母は楽し気に、母に言った。 「恭子ちゃんにそっくりじゃない? ほら、あなた恭子ちゃんの振袖姿の写真を送ってくれたでしょ?」 「ほんとに! ちょっとどきっとしちゃった」  母は胸を押さえながら、大げさに応じた。2人はうふふ、と笑い合うが、私は何故か楽しい気持ちにはなれなかった。そのもやもやをごまかすように、湯呑みのお茶に口をつけた。
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