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件の女性は、美弥といった。美しく利発だったが病気がちで、いつも双子の兄の哲弥が彼女の傍についていた。
双子には兄がおり、その長兄が朱桜神社を継ぐことが決まっていた。次男である哲弥は、一宮家の惣領娘の多津子と年齢が近いため、彼女に婿入りすると早くから見做されていた。
哲弥を慕っていた美弥は、次兄を自分から奪う存在として多津子を憎んだ。そしてこともあろうに、多津子を亡き者にしようとしたのだった。
「朱桜神社の5本の大桜は信仰の対象だ……昔は皆願掛けをしたんだよ、病気の治癒とか安産とか……もうお年寄りしか知らないんだけれど、憎い相手を呪うのに桜を使った人もいた」
櫻庭さんの言葉に、私の腕に一気に鳥肌が立ち、母はえっ、と小さく叫んだ。
「美弥は、多津子さんを呪詛する札を一ノ木に打ちつけようとしたところを、当時宮司だった祖父に見つかって……罰が当たったんだろうね、終戦前に肺を病んで……」
美弥はここから離れた場所で入院させられ、戦後すぐ復員した哲弥と多津子が結婚した翌年に死んだ。火葬され骨になるまで、彼女がこの地に戻って来ることはなかった。
櫻庭さんは更に恐ろしい話を続ける。神社の桜は、河津桜という名がつく遥か以前からこの地にあり、かつて呪い桜とも呼ばれていたという。
「神社の名前は呪桜から来ていて、時代が下ってから呪の代わりに朱という字を当てたとも言われてる」
母は困惑したように、櫻庭さんに応じた。
「怖いわ……私そんなことちっとも知らなかった」
「嫌な話で申し訳ない……一ノ木と二ノ木が最近元気が無くてね、もしかしたらそろそろ……それもあって、ありのままを伝えていこうと思ってるんだ」
私がこの土地を何となく好きでないのは、神社の不気味な裏面史のせいかもしれないと、一人納得する。ただ、昨夜の夢と櫻庭さんの話は合致していない。あの女性……美弥は、恋愛感情に近い好意を多津子に寄せていたような印象を受けた。
美弥の姿が見たかったが、彼女の死後に写真は全て処分されたらしかった。櫻庭家は、一宮家に対し不祥事を起こした彼女の存在を抹殺したのだ。私は美弥に少し同情した。
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