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挨拶もそこそこに、綾瀬が郁人さんの向かいの座布団に腰を下ろす。
私も、その隣に座った。
向かいに座る恵理さんは、以前百貨店で鉢合わせた女性だった。
あの時綾瀬が言っていた、郁人さんの事故や恵理さんが彼の妻であるということは嘘じゃなかったんだ。
あの時、綾瀬を信じた自分は正しかったのか。
最近ずっと不安に感じていたから、正しかったと納得できてホッとする。
「架純さん、今日この場を綾瀬くんに用意してもらったのは、あなたに謝りたかったからなんです」
お寿司の盛り合わせを注文した後、恵理さんが口を開いた。
そして、困惑している私をよそに彼女は深々と頭を下げる。
「誤解させるような行動を取ってごめんなさい。この通り、私と綾瀬くんは義理の姉弟でそれ以上の関係は何もなくて」
「そんな。謝らないでください。勝手に早とちりしたのは私ですから」
私も慌てて頭を下げる。
お互い謝り合って、謝罪は終わった。
恵理さんの律儀さに私は驚いた。
綾瀬からは顔合わせだと聞いていただけだったから、恵理さんに非のないようなことで謝られるなんて思いもしなかった。
謝罪の後は、世間話をした。
世間話が始まった頃に、お寿司の盛り合わせが届いて、話はさらに盛り上がった。
「私と郁人は、学生時代からの付き合いなの。高校の入学式で仲良くなって、2年の時に付き合い出したのよね」
恵理さんは、もう15年くらい一緒にいるよねと郁人さんに話を振る。
「もうそんなになるんだっけ?」
「うん、そうだよ。その付き合いで、綾瀬くんが受験生の時は郁人と私の2人がかりで勉強を教えたりしたよね」
綾瀬と義姉である恵理さんの距離感が、近いように感じたのは付き合いが長いかららしかった。
「でも恵理さん、ちょこちょこ俺に間違い教えてましたよね」
「えー、そうだっけ?」と恵理さん。
「あったね、そういえば」笑いながら郁人さんが言う。
結婚2年目だと聞いていたけど、交際期間が長かったからか醸し出す雰囲気は熟年夫婦のようだ。
綾瀬も、2人とは親しそうで、疎外感を覚える。
「あ、ちょっとお手洗い行ってきます」
私はそう言って離席すると、寿司屋を離れた。
後ろから綾瀬が追ってくる。
「大丈夫?付き添おうか」
「ただのお手洗いだから平気。ひとりで行けるよ」
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