*08* 気持ちを新たに

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冷静に戻って、顔を上げる。 私は距離を置こうとしているのに、平然と詰めてくるのはわざと? それとも、天然? 「ありがとう」 昔から、溶けた氷で味が薄まったジュースが好きじゃなかった。 だからいつも、榊原くんの家で飲み物を飲む時は、氷なしだった。 私から頼んだ訳じゃなく、榊原くんの厚意だった。 その厚意をまだ向けてもらえることを、素直に喜んだら後で傷つくかもしれない。 何とも思っていない素振りで、オレンジジュースを一口飲んだ。 「架純の方は仕事どう?順調?」 「うん、まあまあ」 今朝の悲しい知らせは、わざわざ彼に話すほどでもないよね。 新店舗の店長候補に推薦してもらった、という話もしていなかったし。 「そっか。架純は、早くに副店長に抜擢されてたし、もう店長になる話も出てるの?」 「!」 思いがけない質問に動揺した。 店長になる話がダメになったばかりだったのもあったし、忙しいと言っていた彼が私の話を覚えていたことにも驚いた。 動揺したのを隠そうと、オレンジジュースに手を伸ばす。 指先がコップを上手く掴めず、コップが倒れた。 「あ!」 バイカラーのカーペットに、オレンジジュースのシミが一気に広がる。 ごめんなさいと謝りながら、私は傍にあったティッシュでカーペットを押さえた。 榊原くんが立ちあがり、タオルを数枚持って戻ってきた。 「服、大丈夫?」 カーペットを心配するより先に、私を気遣ってくれたことを嬉しく思った。 でも、彼は元々優しい人だった。 きっと私に気がなくたって、同じように気遣ってくれる。 そう気づいて少し寂しく思った。 服は幸い濡れなかった。 カーペットは急いで拭き取ったけど、白い部分にはうっすらシミが残ってしまった。 「気にしなくていいからね」 彼はそう言ってくれるけど、申し訳なくて謝る言葉以外何も思いつかなかった。
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