297人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
「はぁ…」
ため息をつき、折り曲げて座った膝に顔を埋める。
その時、たまご雑炊の和風だしのいい香りが鼻をくすぐった。
「おいで」
綾瀬に手招きされ、私は立ち上がった。
たまご雑炊の入ったお茶碗が置かれたテーブルに行くと、綾瀬がクッションを床に置いてくれた。
その上に腰を下ろし、スプーンを持つと「いただきます」と手を合わせ、食事を始める。
「美味しい!」
「よかった」
気を遣われているのか、単に話題にしたくないのか、私が潰れる前にしていた話の答えは綾瀬の口から出て来なかった。
後ろ向きの気持ちでいたくなかったから、今は気を遣ってくれているのだと思っておこう。
そういえば――
「あ、お会計」
酔い潰れたということは、綾瀬に全額負担してもらったことになる。
急にそれに気が付いて、私は立ち上がった。
ソファ脇に置いてあるカバンから、財布を取り出してテーブルに戻る。
「ねぇ、いくらだった?肉バル」
「いいよ、別に。あれくらい奢るよ」
付き合ってから、たまに綾瀬が奢ってくれることはあったけど、基本飲食代は割り勘だった。
お互い学生の頃からバイトしていてお金はあったし、今だって社会人になって働いているから、お金絡みでトラブルになるのが嫌でそうしていた。
「でも」
「ほら、昇進話が出たことだし、前祝い?ってことで」
「ダメだよ、だって、まだ確定じゃないし…」
奢ってもらうということが普段あまりないし、迷惑をかけた私が財布を出さないというのも抵抗があった。
「この前綾瀬が潰れた時は、後でお金渡してくれたでしょ」
迷惑料として、と私がお金を渡そうとするも、綾瀬は私の手を掴んで首を振った。
「いいから」
綾瀬はそう言って、それから「それに」と何かを付け加えようとする。
でもその言葉の先を聞く前に、キッチンから電子レンジが加熱終了を告げる音が聞こえてきた。
「あ」
綾瀬は声を上げ、立ち上がるとキッチンに姿を消す。
最初のコメントを投稿しよう!