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01 よくある断罪イベント
ラズベルト・へルマンが乙女ゲームっぽいこの世界に転生したと気がついたのは、学園に入学してしばらく経った頃だった。
どの学園にも居るだろうが、多くの女生徒に人気を集めるイケメン達がいた。
俺様系イケメンな生徒会長の王太子に、生真面目なインテリ系イケメンの風紀委員長、可愛い弟系イケメンのクラスメイト……女生徒たちに熱い視線を向けられている彼らに対して、ラズベルトは「どこかで見たことがあるような気がするんだよなぁ」と常々思っていた。
しかし、どこで見たのか思い出せず、「まぁ、みんな人気者だし、どっかで見かけたんだろうな」と結論付けていた。
そんなラズベルトが、転生したと気が付いたキッカケは、レティシア・オルティースという女性徒の姿を見たときだった。婚約者である王太子の隣に立つ彼女の姿は、今まで会ったことがないはずなのに、確かに見覚えがあった。
(彼女は、悪役令嬢の…)
ラズベルトは、まずそう思った。
(あれ? 何で僕は彼女の事を悪役令嬢って思ったんだろう? ……ああ、そうかすごい昔に彼女の姿を描いているのを見たんだ……でもそれだったら、彼女の姿が今と同じなのはおかしいよな……それに物語みたいな内容だった気もするし。僕はどこで見たんだ?)
と、自問自答を繰り返しているうちに、自分が乙女ゲームっぽい世界に転生していたということに辿り着いたのである。「乙女ゲームの世界だ」と断言できないのは、ラズベルトの前世の記憶が、かなり断片的且つ曖昧なものだったからだ。何で自分が乙女ゲームのことを知っているのかも分からないし、内容も曖昧だ。そのため乙女ゲームのメインといえるイケメン達を見かけても「何か見たことある?」くらいの感覚だったのだ。どう考えてもイケメン達よりも登場が少ないはずのレティシアを見て気が付いたのは謎だ。
(ここって、多分乙女ゲームの世界だよね?)
疑問視が付くので、「乙女ゲームっぽい世界」なのである。
転生したとわかったものの、ラズベルト本人は平々凡々な所謂モブだった。なので、イベントに介入することはなく、時々遠くでイベントらしき騒ぎを目撃しても「あー、もしかして、あれはイベントなのかな?」と完全に他人事であった。
普通に学園生活を送り、適度に勉学に励みながら貴族子息たちとの交流を図り、ラズベルトは卒業を迎えた。
そして卒業パーティーで、ある出来事が起こった。
よくある『悪役令嬢の断罪イベント』である。
友人達は気になる女生徒にダンスを申し込みに行ってしまったため、ラズベルトは暇をもて余していた。ラズベルトにはダンスを申し込みたいと思う相手はおらず、そもそもこういった人が多く騒がしい場所は苦手だった。
早く終わらないかなと思いながら、壁際でジュースを飲み時間を潰していた。
ふと騒がしかった会場が突然シーンッと静かになったことに気がつき、ラズベルトは周りをうかがう。
誰か……例えば生徒会長の挨拶でも始まるのかと思った。
皆が注目している先に、レティシア・オルティースの姿が見えた。そして、彼女の前には王太子アレクシスと、彼に隠れるように立つ大人しそうな女性徒の姿があった。
生徒会長というのは合っていたが、挨拶という雰囲気ではない。
静まり返った雰囲気のなか、アレクシスが、レティシアに向かって口を開く。
「貴女は、王太子である私の婚約者ということを傘に着て、随分と横暴な振るまいをしていたようですね。特に私と親しいからという理由でキャロルを虐げていたと聞いています。ああ、言い訳は結構。証拠は既に揃えているので。私欲にまみれた貴女は王太子の婚約者に相応しくない。よって、私はレティシア・オルティースとの婚約を破棄をここに宣言する。それに、愛想の欠片もない貴方よりも、心優しいキャロルの方が私の婚約者に相応しい」
言葉遣いは丁寧だが、腕を組みレティシアに向ける視線には侮蔑の色がありありと浮かんでいた。
それにアレクシスの影で怯えるように立っているキャロルという女性徒──状況的にヒロインだろうが、口元に浮かぶ小さな笑みは、レティシアに勝ったという感情が伺えた。
(見ていて気持ちの良いものではないなぁ)
自分の婚約者に近付く女性を牽制するのは当たり前ではないだろうか? キャロルに対する虐めがどのようなものだったか、ラズベルトには知るよしはないが、仮に酷い内容で、王太子の婚約者として相応しくないにしても、このような衆目の前で婚約破棄をする意味がわからない。愛想云々も婚約者の条件に関係あるのだろうか? 心の優しさだけで、将来の王妃が勤まるわけないだろうに。
(悪役令嬢も可哀想だな)
物語のイベントで、衆目に晒され断罪される役割だとしてもだ。
(まあ、僕には関係のないことなんだけど……)
卒業したら領地に引っ込む予定のラズベルトには、王太子もヒロインも悪役令嬢も、今後関わることのない人物だろう。
それでもこれ以上この茶番劇を見るに耐えず、ラズベルトはソッと目を反らしその場を離れたのだった。
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