side 笹沖

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「ーーだから、普通はな?プロポーズして双方意思確認ができたら、両家挨拶、婚約指輪、結婚指輪選び、式場選び、結納するならその手配、新居選び、両家顔合わせ、婚姻届含めた各種手続き、それと、」 「だぁあーー!もういいっ!お前さ、それは完全にノーマルな男女の場合だろ!?お前の店にくる客たちのっ!!」 夜21時過ぎ。 飯を食べてもう一回やっても、まだ時間があった。今日はいいな、無駄な時間がない。 竜ヶ崎は腰がダルいらしく、ベッドにうつ伏せになりながら、結婚する男女がするべき事項を指折りながら淡々と説明してきた。 「そうだが、大事なことだ」 「……あのさ、お前の親って大丈夫なの?お前が俺と生涯暮らしたいとか言ったら」 「たぶん、大丈夫。実家は姉がふたりいて、もうとっくに孫も何人もいるから」 「…………左様で」 「俺は笹沖の方が気になる。いくらお姉さんが新婚とはいえ……お前にも期待してるんじゃないか」 「それってなに?孫のこと?」 俺がそう聞くと、笹沖は小さく頷いた。 「それなら大丈夫じゃん?姉貴、今妊娠してるし」 「え!?……楠木さんが!?」 「ああ。もうすぐ妊娠4ヶ月に入るくらい?まだ安定期じゃないから、家族にしか言ってないんだとよ」 「嘘……ドレスの試着のときには、わかってたのか?」 「いや、式後に病院行ったらしいから。まあ、逆算するとすでにいたな。でもそれは知らなかったんだから仕方ないよな」 「………そ、そう、か……」 「旦那、式前は3週間くらい外国にいたから、余計気づかなかったらしい。よくいうつわりもなかったみたいだし?ま、色々検査していまんとこ順調みたいだから」 お前が心配することない、というと竜ヶ崎は少しほっとした様子だった。 「……産まれたらまた教えてくれよ。お祝いしたい」 「うん、わかった」 「そうか、でも……良かった」 うつ伏せで、ちらっとこちらをみて竜ヶ崎が微笑んだ。 「って、姉貴の話じゃなくてさ。俺とお前の話なんだけど」 「あ……」 「お前の親に挨拶いくのはいいけど、顔合わせとか結納とかそういうのはいらねぇな。やっぱ指輪と家が決まればいいだろ?」 「……まあ、特に支障はないが……。これお前さ、どこまで本気なんだ?結婚ごっこに聞こえるけど」 「よし。じゃあやっぱり物件探そう、お前再来週以降でいつ休み?」 「……おい、聞けよ」 俺が笑うと、竜ヶ崎は仕方なさそうに枕元にあったスマホを手にとった。 「水曜日なら確実に休………」 ブーブーブーブー。 そのとき、竜ヶ崎のスマホが鳴った。 電話か?こんな夜遅くに誰だ。 「おい、誰だ?電話……」 「ーーあ、」 俺が顔を近づけ、竜ヶ崎のスマホを覗きみた。そこに表示された名前をみて、眉をひそめる。 「………女?」 「……だな。ちょっと出てくる」 「えっ?いや、おい!」 起き上がろうとする竜ヶ崎を止めた。……少し動揺してるみたいだ。 「出るならここで話せよ」 「……でも」 「ほら、切れるぜ」 俺がそう言うと竜ヶ崎は通話ボタンを押した。俺は、少し竜ヶ崎から距離を取るように離れた。 「もしもし……」 電話の声は聞こえないが、女なのは間違いない。家族や職場の人間だったら普通にそう言うだろうし……この相手って……。 「……うん、うん、そうか。……わかった。あ、ーー紗由理」 紗由理、と優しく話す竜ヶ崎を見ながら俺は、なんともいいがたい気持ちになった。 やがて通話を終えた竜ヶ崎は、「悪いな」と言う。 「『紗由理』……誰?随分親しそうだったけど」 俺が聞くと、竜ヶ崎は少し罰の悪そうな顔をしながら答えた。 「……ごめん、一応元カノ……」 「元カノ?……へぇ。それって自然消滅した相手じゃなかった?なんで今更連絡してくんの?」 「……連絡してきたのは一週間前くらいなんだ。それまでは本当に音信不通で……彼女、今度結婚するから、ドレスを俺の店で頼みたいって」 「は?結婚すんのに元カレに衣装選んでもらうの?」 「いや、だから……俺の店はこのあたりだとそこそこ有名で、式場からも衣装合わせで案内されることが多いんだ。種類も多いし……このへんでウェディングドレス探してるならおかしい話じゃない」 竜ヶ崎は俺を見ながら「仕事だから」と言う。 いや、いやいや待て。仕事?こんな遅くにプライベートの携帯にかけてきて話すのが、仕事なのか。 「……笹沖」 「……なんだよ」 「怒るなよ。お前が思ってるようなことはないから。衣装が決まったら、それまでだし」 「……いいのかお前、それで」 「え?」 「仮にも元カノだろ……他の男のものになる手伝いなんて……」 「……仕事だから。大丈夫。彼女とはもう何年も前に別れてるし……それに」 「それに?」 竜ヶ崎が、じっと俺を見る。たぶん、俺は複雑な顔をしていたと思う。 竜ヶ崎は、そんな俺に語りかけるようにゆっくりと口を開いた。 「俺も、結婚………するんだろ、お前、と」
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