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side 竜ヶ崎
「お客様、確認しましたところ、6月10日こちらのお日にち空いておりました」
「えっ、本当ですか!?嬉しい!じゃあこれにします!」
「かしこまりました。ではこちら手配致します。詳しいことは担当の八重から……」
俺は仕事用のタブレットを持ちながら、横にいた女性社員の八重に目を向けた。八重は「では、岡田さん、こちらにご案内します」と、今が人生で一番幸せであろう最中にいる岡田という花嫁に話しかけた。
その様子を見て俺は一礼し、その場を離れていく。
俺は竜ヶ崎純。32歳、独身。
仕事は、ウェディングドレスや結婚式衣装全般を扱う会社の店舗責任者をしている。
店の入り口のショーケースには、週に何度か入れ代える展示用ドレスが飾ってある。
店の利用客は、主に提携先の結婚式場を選んでいる場合がほとんどなので、各式場のイメージに合ったアドバイスもできるし、搬入作業などの融通も効きやすい。花嫁からしたら、この地域ではそこそこ有名な会社だ。
「波多野、今日最後のお客様は?まだいらっしゃらないようだが?」
まもなく午後19時になる。最終受付は一応18時45分。閉店は20時だ。この店で唯一俺と同じ性別の波多野は、パソコンをいじりながら答えた。
「特別キャンセルのご連絡は頂いてませんけどね……」
「あ、楠木さんですか?仕事で19時ギリギリになるって少し前に電話もらいました」
波多野の隣にいた枝川がそう言ったので俺も波多野も頷いた。
結婚式準備といっても大体皆仕事をしながら行っている。平日は特に、仕事終わりに来店する客が多い。
「楠木さんは、確かあと最終チェックだけだったな?小物は?」
「ほぼ決まってます。あとは合わせてそれを見せたい方がいらっしゃると……」
「あ、やっと旦那さん来るのかな?楠木さん、ドレス選びから全部ひとりで来てましたもんね~」
枝川がカウンターで腕を組みながら言った。
結婚式場ではないにしろ、花嫁には特に重要なドレス選びの場所だ。初回は大体、当事者2人か、花嫁の母親など複数で訪れることが多い。楠木という女性は、初回からずっとひとりで来ており、ドレスの選定で誰かに相談している様子もなく、写真を撮ることもなかったので、スタッフの間では少し珍しいとされていた。
ーーまぁ、結婚なんて内情はどうなっているのかわからない。
この業界にいると、良い話ばかりではなく時にはフィクションかと思うような衝撃的な話も聞くからな……。
そんなことを考えていたら、ショーケースのガラス張りの窓の向こうに、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「あ」
スタッフの誰かの声がした。担当の枝川も気がつき、カウンターから出て入り口まで歩いていく。他のお客様はすべて帰ったあとなので、他のスタッフは一部閉店作業に回してある。
「ーーお待ちしておりました、楠木様」
「ごめんなさい、予約時間を過ぎてしまって……」
「いえ、大丈夫です、どうぞ」
枝川が店の扉を開けて楠木を中に誘導した。
そして今までひとりで来店していた彼女の後ろには、スーツ姿の男性がいた。
「とも、入って」
楠木に呼ばれた男性は少し目をキョロキョロさせながら店の中に入ってきた。
最初は皆、入り口のドレスとタキシードに目がいく。今日が初めての来店なら、尚更だ。
「初めましてですよね。私、楠木さんの衣装担当をしております、枝川です。旦那様」
席に案内しながら、枝川がそういうと、楠木の後ろにいた男性が立ち止まった。
そして、ゆっくりと店の中を見渡すようにこちらを振り向いた。
ーードクン。
男性の目が、俺とも合う。
俺は、喉の奥が、ひゅっと鳴るような感じがした。
「ーーあぁ、すみません。旦那と勘違いさせましたかね」
「え?……あ、えっと旦那様ではありませんでしたか?」
「すみません、旦那は海外出張中なので式の直前までは帰国できないんです」
楠木がそう言うと、枝川は「申し訳ありません」と頭を下げた。その様子を、男性は微笑しながら見つめた。
「こんなところに来るのは普通パートナーですよね。俺は弟で、笹沖と言います。いつも姉がひとりで来ていると連絡があって、今日は最後の来店だから、見てもらいたいと」
「ちょっと、とも……!やめてよ、恥ずかしいじゃない、36なのに浮かれてると思われるわ」
楠木は、ひとりで来店していたときとは違う顔をしていた。少し照れくさそうで、でもやっぱり嬉しそうな。
「いえ!良かったです。楠木さん、いつもドレス試着するときもあんまり表情を変えられず淡々としていらっしゃったので……。今日は、式が楽しみというお顔をされていて」
「そんなに仏頂面でしたか、姉は」
「ちょっと、やめてよ」
あはは、と笑い声がする良い雰囲気の中、簡単に挨拶と確認を終え、楠木の最終チェックをするために試着部屋へ移動することになった。
楠木は枝川と楽しそうに喋りながら、そしてその後を、楠木の弟だという男性が歩く。
「この度はおめでとうございます」
俺の隣で、波多野が軽く頭を下げながらそう言った。男性は足を止めて、こちらを見た。
俺は、その顔を見て、動くことも言葉を発することもできなかった。
「ありがとうございます。……竜ヶ崎さん」
「!」
男性はそう一言残し、楠木のあとをついていく。
「あれ?……竜ヶ崎さん、彼のこと知ってるんですか?」
名乗りましたっけ?と波多野が言う。店では特別ネームバッジをつけているわけでもない。俺は、彼が歩いていった先を見ながら、小さく呟いた。
「………智一」
波多野の「竜ヶ崎さん?」と言う言葉でハッとする。
「さあな。楠木さんが話したんじゃないか。俺、一応責任者だし、パンフレットにも名前載ってるし」
「ですかね?」
ま、いいか、という顔をして波多野は仕事に戻った。
俺は、内心ドキドキしながら混乱する思考をどうにかしようと必死だった。
あれは、智一だ。
笹沖智一。
大学時代の同級生で、同じサークルで、同じゼミ専攻で……大学3年から卒業するまでの約2年間、ほぼ半同棲をしていた相手。
なんで?ただの偶然か?
卒業して、同棲解消してからもう10年。一度も会うことはおろか、連絡すらしなかったのに。
まさか、まさかこんなところで再開するなんて。
焦りで吐きそうだ。
俺は、大学時代の恋人に突然再会した衝撃で激しく動揺していた。
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