サクラ・マトリクス~零都探偵風雅小次郎物語~

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 ――深夜一時、公園周辺。辺りは暗闇に包まれ、静まり返っている。しばらくすると、静寂を破るように、足音が聞こえてきた。 「どこにいるんだ! 約束のものは持ってきた!」  足音の主が叫んだ。それは、荒谷だった。 「お越しいただき、ありがとうございます」  物陰から男が出てくる。小次郎だ。続けて、ロダも姿を表す。 「風雅小次郎!? なんで、こんなところにいるんだ」 「それはですね。 『お前が天城典示殺害犯だということはわかっているんだ。仲間にばらされたくなければ、桜の木の下に埋めてあったものを持ってこい。公園前で会おう』 というメールを送ったのは、俺だからです」  荒谷の顔が、青ざめていく。 「まさか、こんなバレバレなフィッシングメールに引っかかる人が……いやいや、騙すような真似をして、申し訳ありませんでした」 「で、でも受信先はゾーネ社のIPアドレス……」 「実は、俺もハッカーとしての心得があるんです。ただ、IP偽装のやり方は企業秘密ですが」  小次郎は滔々(とうとう)と語っている。それとは対称的に、荒谷は言葉を失う。  荒谷は懐に手を入れると、そこから銃を取り出し、小次郎に突きつけた。 「私はここに来たのは、ゾーネの人間を殺すためですよ!」 「落ち着いてください。俺はゾーネの人間ではありません。無関係な人間を巻き込んだら、余計に罪が重くなります」  小次郎は両手を上げながら、説得を試みる。だが、荒谷は銃を構えたままだ。 「私の邪魔をするな!」  突如、荒谷の前に黒い影が現れる。影は荒谷の腕を掴み、下に引っ張る。突然の出来事に、荒谷は、なすがままだ。影は荒谷の手から銃を奪う。そのあと、どこからかワイヤーを取り出すと、腕ごと体に巻き付け、捕縛した。 「マスター、大丈夫ですか?」  影はロダだった。ロダは小次郎に駆け寄ると、安否を確認した。 「ありがとう。助かったよ」 「……その子供は、何者だ」  荒谷は、ロダを睨みつける。 「アンドロイドです」  小次郎が答えた。 「アンドロイドとはいえ、ロダは子供です。どんな輩に狙われるかわからない。だから自衛の機能も搭載したんです」 「自衛の機能、?」 「そこ引っかかっちゃいます? ロダは俺の助手ですって。それ以外にありません」  荒谷は改めてロダを見る。目が隠れており、黒いワンピースを着ている。なんて珍妙な格好をしているのだ。荒谷は怪しむ目つきをした。 「ロダの話は置いておきましょう。俺はどうしても、気になって仕方がありません。なぜ荒谷さんは、尊敬する先輩である天城さんを殺害したのか」  小次郎は、荒谷を見据えた。 「……私は、天城さんを尊敬していました。デモの時は、常に先陣を切っている。そんな姿に感銘を受けました」  荒谷の声には力がこもっていた。しかし、その表情は暗い。 「けれども、こんなことを言い出したんです。 『私はあるものを公園に埋めた。大切な思い出が、桜と共にいつまでもあるようにと。だが公園が取り壊されたら、掘り起こすことさえ出来なくなる。だから、壊される前に、回収しようと』 ……私には、それが許せなかったんだ!」  荒谷は声を荒らげた。 「そんな大事な場所であるなら、なぜ、最後まで戦おうとしないんだ! これは、敵前逃亡だ!」  荒谷の目からは涙が溢れていた。そんな荒谷を、小次郎はただじっと見ていた。 「理由はわかりました。ですが、ゾーネ社が今まで何をやってきたのか、ご存知ですよね? 敵前逃亡は士気に関わるかもしれない。 けれども、あなたは信用を得ていた者の命を奪った。これでは、卑劣な手を使うゾーネ社と大差ないと思いますよ」  小次郎は、あくまでも冷静に語りかけるように務めた。 「それは、わかっています。だから、あの晩、天城さんの命を奪った時点で、私は戦う資格を失ったんです」  荒谷は項垂(うなだ)れた。 「では、行きましょう。私を警察に突き出すんですよね」  荒谷は力無く笑う。 「うーん。ろくな捜査をしない警察に突き出しても、何をされるかわかりませんからねぇ。それに、俺はあくまでも御手洗さんの依頼で動いてますので。俺は顛末を報告するだけです。あとは、御手洗さんに任せましょう」  小次郎がそう言うと、荒谷は目を丸くする。 「とにかく、ここを離れましょう。障壁のカメラは干渉済みなので、何も写ってないとは思いますが。なにぶん、長いことそうしていられない。ロダ。荒谷さんの束縛を解いてあげて」  ロダは「わかりました」と言うと、荒谷の縛めを解いた。 「銃はこちらで預からせていただきます。それと、手に持ってる箱、くださいますか? 御手洗さんに渡そうと思いますので」  荒谷は言われるまま、箱を小次郎に渡した 「では失礼いたします」  荒谷を残し、小次郎はロダとともに帰った。  ――後日。抵抗運動も虚しく、スタジアムは予定通り建設されることになった。ロダは、事務所で残念そうにニュースを見ている。 「公園、無くなっちゃうんですね。そういえば、公園の桜、緑の葉っぱが出てましたよ」 「桜は花が散ったあと、本来なら葉っぱが出てくるんだよ」 「じゃあ、あの桜は本物だったんだ」  ロダはますます落ち込む。 「別にいいじゃないか。あの桜は吸血桜だ。言うだろう。桜の木の下には死体が埋まってるって」 「今度は梶井基次郎ですか。本当にひねくれてますね!」  ロダはむくれた。 「そういえば、御手洗さんに渡した箱ですけど、あれには何が入ってたんですか?」  気を取り直し、ロダはこんなことを尋ねた。 「箱ね。あれは天城さんと御手洗さんの思い出が詰まってるんだ。我々部外者が知ろうとしてはいけないよ」  小次郎はロダの肩を叩いた。 「それでいいんですか?」  ロダは納得がいかないようだ。 「まぁね。でも、人の思い出を詮索するのは良くないことだ。そうだろ?」 「はい……」  ロダは少し不満げだったが、「わかった」と言う。小次郎は、微笑みながら、その頭を撫でた。
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