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「村松圭吾様、入室してください」
恵子は、圭吾氏を呼んだ。
痩せた、気の強そうな人物だ。額に血管が浮き出そうな、怒らせると怖そうな顔だ。事前に送られてきた履歴書に目を通したが、職を転々としていて、仕事が続くのか不安になった。
「よろしくお願いします」
圭吾氏は形だけのあいさつをして、「着席して下さい」の言葉を待たずにどかっと椅子に腰かけた。
「規定により、メンタル・アイをつけさせてもらいますね」
「ああ。どうぞ」
恵子はメンタル・アイを装着した。
途端に怖気が走る。見たことのない色だ。殻も、全身の9割以上を覆っている。この人は何の病気なのか。マニュアルには、気分障害、発達障害、統合失調症の典型例しか記載されていない。一体何の精神障害なのか。
「すみませんが、障害者手帳を見せてもらえますか?」
恵子はさむけを隠しながら、平静を努めるようにして、面接を続けた。
「手帳? そんなもん、ねえよ」
「え?」
障害者求人は、障害者手帳を持っている人限定の求人だ。これだけ色濃く殻が表示される人物だ。まさか手帳を持っていないとは思わなかった。
「あの、医師の診断はなかったのですか?」
「医師? 知るか。どうせメンタル・アイで分かるんだろう。だったら必要ねえじゃねえか」
しまった。と恵子は思った。求人票に手帳をお持ちの方限定と記載するのを忘れた。自社のホームページにしか求人広告を出さなかったのもミスだ。ハローワークを介すべきだった。
「申し訳ありません。この求人は障害者手帳をお持ちの方限定なんです」
恵子は深々と頭を下げた。
「ふざけんな! 控室で待っていたがよ、さっきの兄ちゃんはやった、多分採用だ、と喜んでたぞ。オレはそいつより下ってことか」
予想通り、罵声が飛んできた。
恵子はつけたままのメンタル・アイで自分を見る。うつ病の殻が厚くなっているのが見える。
「手帳の有無は法律で決まっているのです。上も下もありません。交通費は弊社で負担しますので、どうぞお引き取り下さい。ご足労をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
「何だと、このアマ」
恵子は見た。圭吾氏の殻が完全になり、全身が卵のようになる。ぴしりと殻が割れて何かどす黒い、とても正視できない獣が誕生した。
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